愛され、愛したと願う愛の形。
あそこまで愛に溺れられたら、どんなにいいだろうと思う。究極の愛である。愛してもいない人間を殺せない。わざわざ、刑務所に入りたい人間なんていないと思う。
しかし、客観的に見ると、常識を逸脱しており、ただの現実逃避である。
若い人や情の薄い男性にしか廻り合わない人には物凄く好感が得られると思うが、実際に殺されるとなると話は別である。人間には、生活がある。死ぬまで生きるという使命がある。例え、全く会った事もない、病気で早く亡くなった方の為に生きなければなどと、ど厚かましくほざくとしても、生きる理由には充分なのかもしれない。それくらい大切な事だ。辛ければ、逃げればいい。どうして、そんな事が出来なかったのだろうと思うのも愚問であろうか。
初めて観た時は、主人公の愛に感銘を受けた。人生は辛い。苦しく、困難な事が多い。死んでしまいたい、出来れば、愛する人の手で。そう思っていても、付き合う相手は虫も殺さぬタイプだったり、まともそうでそんな事をしてくれない。本当に自分の事を愛しているのだろうか。殺されたいが、私は相手を愛しているから殺せる。彼は私をそこまで好きじゃないだろうから、殺せないだろうな、ああ、殺された彼女が羨ましい…といった若い頃の女性の気持ちを汲んだ作品になっていると思う。でも、本当は殺されたいのではなく、愛されたい。愛を測りたいだけの愚かな行為である。
それでも、心が弱った女性を救いたいが為の、男の愛には違いない。
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