ハイパーインフレ、ここに完結
『万能鑑定士Qの事件簿』ファーストエピソード、完結編
『万能鑑定士Qの事件簿Ⅰ』より続いた不可解な事件が、ようやく『万能鑑定士Qの事件簿 II』で全て収束する。
相撲シール、失踪した工芸官、偽札騒動…これら全ての糸が繋がり、最終的に明らかになった犯人は意外すぎる人物だった。
犯人を追い詰める莉子は弁舌巧みで澱みがなく、一巻で頻繁に描写されていた間抜けだった頃の彼女とはまるで別人のようだ。
むしろ一巻で度々莉子の過去が描写されていたからこそ、二巻の爽快感があるという見方もある。
いずれにしろ、『万能鑑定士Qの事件簿』シリーズのスタートとしては申し分ない面白さで、堂々のフィナーレを飾ったといえるだろう。
二転、三転するストーリーは好みが分かれるか
さて、『万能鑑定士Qの事件簿』は人気シリーズとなり、このファーストエピソードとなるハイパーインフレ騒動のあとも数々のエピソードが読者を楽しませる。
ちなみに、『万能鑑定士Qの事件簿』ではエピソードの人気投票も行われ、このハイパーインフレ騒動を取り上げた『Ⅰ』『Ⅱ』は全12エピソード中それぞれ11位、9位となっている。つまり、さほど人気のあるエピソードではないのだ。今回はその点を、他のエピソードと対比する形で考察を進めていきたい。
まず、解決に至るまでの流れがあまりスムーズではない。日本国内が偽札騒動で大混乱し、日本紙幣が役に立たず移動もままならないことが大きな理由の一つといえる。また、莉子が無駄足のように地元・波照間島に戻ってしまうのも、少しテンポを悪くしてしまうか。結果的に莉子の目算は正しく、波照間島に戻ったことも間違いではないのだが、読者としては少しもどかしく感じてしまう。
ミステリにおいてどこにカタルシスを感じるか、読者それぞれに意見があるとは思うが、筆者は鮮やかに犯人を追い詰めるシーンこそが一番の見せ場であると思う。いわゆる「犯人はお前だ!」といった場面ではなく、探偵役(あるいは刑事役)が証拠を無駄なく掴み、偶然に頼らず論理的にトリックを見破る。いわば知的「俺TUEEEE」が快感なのであって、探偵役が振り回されるシーンはあまり読んでいて心地良いものではない。
だが、『事件簿』で三番目の人気エピソードである『Ⅵ』に関しては、万能贋作者・雨森華蓮に莉子が振り回されるシーンが多く割かれているが、不思議と残念には思わない。
それは、雨森華蓮のキャラクター性や、ところどころで莉子の鑑定眼が光るエピソードが挿入されていることも理由の一つだが、何よりも物語の長さが「ちょうどいい」ということにあるのだろう。もしここで、『Ⅵ』も上下巻方式になっていたら、これほどの人気は出なかったと思われる。
つまり『万能鑑定士Q』シリーズは、文庫本一冊300ページぐらいが事件発生・解決までにちょうどいいストーリーで、それ以上に長くても短くても物足りなく感じてしまうのだ。現に、『万能鑑定士Qの短編集』という短編のシリーズも刊行されているが、ミステリとしてはちょっとあっさりいていて物足りず、どんなエピソードだったか忘れてしまうほどだ。
第一回目のエピソードとしては構成上やむなしといえども、もう少しあっさりした展開でもよかったのでは、とも思う。
一番の見どころはやはりハイパーインフレ
とはいえ、『万能鑑定士Q』シリーズの第一作目ということもあって、小説としての面白さは間違いなしだ。
筆者が一番見入ってしまうのは、偽札騒動が蔓延し、ある種荒廃した日本各地の風景だ。
円の価値は暴落し、タクシー初乗りが四万円。大根が5000円と、何をするにもままならない。ドルで払えばもとの価格で買えるが、日本円に対する信頼が失われてドルへ交換するのも難しい。日本円でもらえる給料は意味をなさず、惰性のまま働く人々、汚れる街…と、おそろしいまでにリアルな日本社会崩壊の姿が描かれている。
震災直後の街はまさしくこのような感じだったが、時間とお金をかけていけば復興する災害とは違い、金融の破綻は出口が見えずどこまでも苦しむことになるだろう。もし現実にこんなことが起こったら…ついそう考え、ぞっとしてしまう。金という力を行使できない人生は全く無力だ。仕事に従事する意味すらなくなったら、自分に出来ることなど全くない。
『万能鑑定士Qの事件簿Ⅰ・Ⅱ』は意図して行ったか定かではないが、日本社会の持つ脆弱性を浮き彫りにするという意味では、娯楽作品としてかなりの意義を持つ。浅学で、全く経済に詳しくない筆者のような人間にでも危機感を与えたのだから、その影響力が知れるというものだ。
知恵のつくミステリと標榜された『万能鑑定士Qの事件簿』は、エンタメ色が強く中高生でも読みやすい内容となっている。
若いうちからこの書を読んでいれば、後学のためにもなるだろう。『万能鑑定士Qの事件簿』と、作者・松岡圭祐をもっと若いうちに知っておきたかった、と筆者は強く思う。
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