リアルなゾンビパニックもの
パニックホラーの定番・ゾンビものの漫画
いわゆる”ゾンビもの”と呼ばれるパニックホラーを取り扱った作品は多い。海外ドラマでは『ウォーキングデッド』が人気を博しており、日本ではゲーム『バイオハザード』、漫画では『がっこうぐらし!』『学園黙示録 HIGHSCHOOL OF THE DEAD』などがいずれも多くのファンを獲得している人気作品となっている。
これらの作品におけるゾンビ(呼称は作品により異なる)の特徴は、
・死者が姿を変えたゾンビは、常に飢えており生者の肉を求める
・ゾンビに一度噛まれたら自らも感染し、いずれはゾンビになる
・ゾンビたちはまとまって行動することが多く、集団で襲われるのは危険
・ゾンビに噛まれた人間を助ける(感染から救う)手段はほとんど無く、感染は世界規模で広まっていく。
という共通点がある。
本考察で取り上げる『アイアムアヒーロー』も、これらの特徴全てを満たしたゾンビパニックホラーだ。作中のゾンビは「ZQN」という呼称で呼ばれ、上記の他に「生前の記憶をもとにひとりごとを喋る」「生前の習慣を繰り返す傾向にある」「凄まじく身体能力が向上し、人体を裂くなどの攻撃方法を取れる」といった特徴がある。
2016年2月現在、物語は佳境に入っており、『アイアムアヒーロー』の終着点が朧気ながら見えてきた状態だ。同年4月には映画化が決定し、更なる躍進が期待されている。
喋るゾンビのおぞましさ
さて、それではパニックホラーとしての『アイアムアヒーロー』をあらためて考察していこう。
前項で述べたとおり、『アイアムアヒーロー』のゾンビ・ZQNには固有の特徴がある。中でももっとも恐ろしいのが、「生前の記憶をもとにひとりごとを喋る」ことだろう。
これはパニックホラーものとしては少々珍しく、ゲーム『SIREN』シリーズの屍人・闇人がこれに該当するぐらいだろう。『SIREN』をプレイしたことのある人ならわかるだろうが、知性のない(すでに失った)生き物が、笑ったり、言葉を放つ光景は、見るものをゾッとさせる。
死によって人の域を外れた者たちが、人には到底理解できない社会性を持ち復活して、慣れ親しんだ人々に襲いかかってくるという恐怖は、筆舌にしがたい。これは普通の唸り声を挙げて遅いかかるゾンビの非ではない。
『アイアムアヒーロー』のZQNはまさしくこの『SIREN』と同じタイプのゾンビである。彼らの思考回路は生者には理解しがたく、目的が全くわからない。
しかしながら、物語が結末に近づくにつれてZQN同士に何らかの社会性があることが判明し、恐怖は和らぐ結果となる。
物語も終盤になり、風呂敷を畳むためには仕方ないとはいえ、もう少しZQNのおぞましさが残したまま結末に向かわせるとより面白かったのかもしれない。
ちなみに、ゲーム『SIREN』はゲーム本編で伏線がほとんど回収されないため、屍人に対する恐怖を感じたままエンディングとなる。『アイアムアヒーロー』のように風呂敷をしっかり畳んで恐怖を減らすか、『SIREN』のようにパニックホラーの印象を強めるために伏線を回収せず終わらせるか、どちらが物語として面白いのかは個々の判断にゆだねたい(ちなみに筆者は後者のほうが好みである)。
限りなく日常に近いが故の恐怖
もう一つ、『アイアムアヒーロー』の巧みなところは、完璧なまでに等身大の日常風景を描いているところだ。
これは一巻がもっとも如実に表れている。一巻の序盤は全くもって冴えない英雄の日常が綴られ、「これは売れない漫画家を描いた日常漫画か?」と疑ってしまうほどだ。
しかし、時折不穏な描写が挿入されることにより、読者は間違いなく、この作品には何かが起こると予感する。
そして一巻の最後、てっこの無残な姿を目の当たりにすることによって、確信を得るのだ。
あとはもうジェットコースター式に日常が変わっていく。ここが作者・花沢健吾の技巧がもっとも映えるところだ。
英雄が最初逃げたときは、まだ街の人々のほとんどが異変に気づいていない。しかし、ベランダから落下する女性、郵便局員に襲われる大家、落下した飛行機に首を飛ばされる職場の先輩と、じわりじわりと非日常が侵食していく。
そこから時間が経過すると、ネットでお互いの状況を報告しあう人や、デマに流され富士山に登る人と、現実味のない状況に右往左往する”日本人らしい”パニックの光景がまざまざと描かれる。漫画には共感性が重要だと筆者はたびたび述べているが、『アイアムアヒーロー』はその共感性をむしろ逆手に取って、「日本人がゾンビパニックに陥ったらこうなるだろう」という共通認識をホラーのファクターとして活用した。
これが『アイアムアヒーロー』のもっとも優れた点であり、評価されるに至った訳であろう。
むろん、それが可能としたのは、作者の観察眼と、限りなく実写に即した作画によるものだ。たまに明らかに芸能人を模したと思われるキャラクターが登場するのはご愛敬というものか。
この良作に二点だけお願いをさせてもらうなら、トレスとコピペの多用は控えていただきたいのと、もう少し執筆ペースを上げてもらいたい。二つを両立することは難しいとは知れども、時々すごく気になるので…。
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