万能鑑定士の始まりの事件簿・前編 - 万能鑑定士Qの事件簿 Iの感想

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万能鑑定士Qの事件簿 I

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文章力
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設定
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演出
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万能鑑定士の始まりの事件簿・前編

4.04.0
文章力
3.5
ストーリー
4.5
キャラクター
3.0
設定
3.5
演出
4.0

目次

人の死なないミステリ、開幕

『千里眼』シリーズで知られる松岡圭祐が、人の死なないミステリという新シリーズを打ち出した。

それが『万能鑑定士Q』シリーズである。主人公は凜田 莉子という波照間島出身の美女。たった一人で鑑定業を営む女性であり、その観察眼は古参の鑑定士すら舌を巻くほどである。

シリーズは、この凜田莉子のもとにもたらされた依頼を元に話が進んでいく。この第一話たる『万能鑑定士Qの事件簿 I』では力士シールから端を発するが、後のシリーズでは毒入りフォアグラの謎を解いたり、インゴットの謎を解いたり、太陽の像の謎を解くなど、現実に即したネタを巧みに物語に織り交ぜる仕掛けが人気を呼んでいる。

以上に挙げたようなシリーズについてもぜひ言及したいところだが、本考察では『万能鑑定士Qの事件簿 I』ーー力士シールとハイパーインフレ事件の前編のみを語るつもりであるので、注意していただきたい。

一歩間違えた未来の先にあるハイパーインフレの恐怖

『万能鑑定士Q』シリーズの大きな見どころは、先に述べたように、現実に即した出来事を創作のなかに取り込むことにある。

例えば一巻のなかでは、力士シールという、現実にあった都市伝説がまず取り上げられている。出来事だけでなく、地理・建物の描写も細やかで、特に週刊角川の発信元である角川ビルの描写は実際に出入りする人が呆れるほどに詳細だったという。

こういった描写が優れていることから、読者は物語に入っていきやすい。作中の風景を想像するときも、見覚えのある単語を見かけることによって、「あぁ、あそこか」と親近感が湧く。

同時に、作中で起こったハイパーインフレはあまりにも現実味があって、一巻末尾にある東京の荒廃の風景は「本当にこうなってしまうのではないか」と恐怖を覚えるほどだ。

披露される蘊蓄の数々に知恵がつく

松岡圭祐の文章自体は、目を見張るものではないが、わかりやすく大変読みやすいのがポイントだ。

端的でわかりやすい文章は、裏を返せばそっけないようにも映る。だが、松岡圭祐は文章中に巧みに小さな蘊蓄を混ぜ込むことで読者の退屈を回避している。

例えば、早速冒頭で『ライターのシールは外してはいけない』と語られ、凜田莉子の初登場シーンでは、ヨーロッパで描かれたとおぼしき絵画を、『ソーセージの切り方が違う』などといって日本人画家の作と見抜く。このように、『面白くて知恵のつくミステリ』の名に違わぬ知識が、次々と披露されているのである。

一体どれほどの取材をすればここまでの文章が書けるのか、作者・松岡圭祐の才覚にため息が出るばかりだ。

これらの知識はトリックのなかにもふんだんに活かされ、例えばこの一巻では、バナナの発酵が推理の足掛かりになったりもする。

蘊蓄はややもすれば鼻につき、鬱陶しくなってしまいがちだが、『万能鑑定士Q』では全くそう感じない。こういったところも、作者の優れた技量によるものだろう。

構成の妙は主人公・凜田莉子を読者に嫌わせない

また、これだけ才能のある凜田莉子が、実は学生時代かなりの劣等生だったと設定づけているところも面白い。

普通のミステリ小説の嫌なところは、主人公や探偵役があまりにも頭が良すぎて、読んでいて共感が出来ないところだ。

偏屈で研究室に篭ってばかりの30代男が主人公の話は、道理ではあるがテンプレートで、主人公と同世代かミステリ好きでないと入り込めないという欠点がある。

その点、凜田莉子はもともと頭が悪く、持ち前の感受性で知恵をつけていったという経緯がある。小笠原が出会った凜田莉子はいかにも利口で、ともすれば鼻につくキャラになりそうだが、第一巻で莉子の成長過程が丁寧に語られているため、読者に嫌われることなく済んでいる。

こういった構成の巧みが、結果として『万能鑑定士Q』は今までミステリを読んでこなかった層をも読者として引き込み、シリーズの固定客を生み出すことに成功している。

内容も評判も上々。どうやって知名度をあげていくか

以上のようなポイントから、文芸業界のなかでも確実に面白い作品であることは間違いない『万能鑑定士Q』。第一部である『万能鑑定士Qの事件簿』シリーズの売り上げは、200万部を突破している。刊行スピードが非常に速いことも、読者に支持される理由の一つになっているだろう。

だが、惜しむべくは世間の知名度がいまいちなことだ。

2014年初夏に東宝系で映画化されたものの、評判は今一つで、配役も予告編もあまり興味をそそられないものだった。

むしろ、邦画にありきたりな陰謀だとか事件だとかで原作の本質を歪めるもので、筆者はこれを『万能鑑定士Q』実写化とは認めたくない。

一度は失敗したものの、『万能鑑定士Q』はハズレのないコンテンツであることに間違いはないのだから、きちんと製作費を用意し、確かなスタッフを選りすぐった上で、もう一度世間に『万能鑑定士Q』を広める挑戦をしていただきたいと思う次第だ。

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