死にまつわる厳しくも幻想的な話 - 鏡の花の感想

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鏡の花

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文章力
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ストーリー
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キャラクター
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設定
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演出
5.00
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死にまつわる厳しくも幻想的な話

5.05.0
文章力
5.0
ストーリー
4.5
キャラクター
4.0
設定
4.5
演出
5.0

目次

暗喩表現の技巧

身も蓋もない言い方をすると、本作は人が死ぬパラレルワールドをひたすら見せられる話だ。陰鬱とした空気は常につきまとっているが、蝶や花、星といったメルヘンチックなモチーフを全編でキーポジションに配置することで、悲惨な物語もどこか美しいものに映る。

第三章、夫を亡くした妻がその死因を察したシーンでは、特にそれが光っている。

闇の中に浮かぶ白い雪。暗中の儚い希望の光のようなものをイメージさせるそれこそが、夫の死因である。

闇と光の両方を想起させ、その上でその光を絶望の象徴にするというのは、描写として実に巧妙だと思う。ひどく絶望的でありながら、ひどく繊細で美しい。

息子の優しさが父の死へと繋がったという皮肉な事実もまた、ひとつの事象の中で優しさという光と死という闇がひとつに溶け合っており、ひどく残酷でありながら悲劇的な美しさを感じさせるものになっている。

第五章と最終章には、読み手に自害を示唆させる暗喩がある。

特に第五章のそれは華麗ですらある。葎が人生の理不尽さに打ちのめされた直後に幼き日の輝かしい日々を回想することは、走馬灯と同様の症状である。

この状況下での、あの頃に戻れたら、という心情は、過去の肯定であると同時に、それ以外、すなわち現在と未来の否定であり、これからの人生に希望を見いだせなくなったということ。

そこで見た幻の光というのは、高層ビルの屋上から見下ろす地面に見た苦しみからの解放のような、そんな類の希望だったのではないだろうか。

葎がそれに手を伸ばすことも、ビルの屋上から宙へ足を踏み出したのと同様のものに思える。

本文中に彼女が自害をしたという記述はないが、この時点で彼女の心境が自殺者のそれと同質であったことは間違いないだろう。

その結末は神のみぞ知る、だが、自殺を思わせつつも文中の描写をイメージしながら読んでいる読者の脳内には満天の光が浮かんでいる、という点は、描写される希望も作中の確かな絶望も共に際立って、私は非常に好きである(絶望の底にいる人間を見て『好き』というのもちょっと不謹慎かもしれないが)。

死なないことの大切さ

本書で中心的に描かれているのは、身近な誰かが死に、遺された人たちだ。どうしてあの子が、あの時ああしていれば、を誰もがずっと繰り返している。

暗いニュースの絶えない現代日本において、自ら命を捨てる者の話もよく耳に入ってくる。お前が死んだら遺された人たちが悲しむぞ、という普遍的でシンプルなメッセージを、作中の遺族の苦しみややるせなさを通して発しているものと思われる。

親が息子や娘を抱き締め、死ななくてよかったと涙する場面も複数ある。

私は文庫でこれを読んだのだが、本作は過去に小説誌に掲載されていたものらしい。このことを踏まえても、作者はこの物語が自殺の抑止力になればと思ったのではないだろうか。

道尾秀介氏の作風は基本的に暗い。生きていればいいことあるよ、という激励よりも、死んだら周りを不幸にするぞ、という負の側面からのアプローチの方が厚塗りであることに、私は非常にらしさを感じる。

今を生きるということ

前述したように、本編中での遺族たちは、あの時自分がああしていればという後悔の念に駆られまくっている。その物語の結末のすべてが苦々しいものであったよう感じられる。

対して最終章は死にかけた美代(幻想のような世界でおじいちゃんに会いに行くというのは、おそらく天国に行くことの暗喩。幼い美代が祖父への罪悪感か潜在的に自殺願望を持っていても何ら不思議ではない)が助かり、大勢の人に祝福された『今この瞬間』を肯定して終わる、唯一のハッピーエンドの世界線を描いたものである。

生きていることは祝福されるべきことであり、後悔の念に捕らわれるのではなく、今を生きることで明るい未来へと繋がる。それこそがこの本編(最終章だけでなく連作すべて)の解答だ。

例えば姉が死んで、別のパラレルワールドでは弟が死んでいて、また別の世界線では生きていてもひどい不仲に悩んでいる。

あの時ああしていれば、という思いがもし叶っても、どこかしらで何かしらの不幸や不満が生まれていることが上記の事柄から分かる。

人生なんてそんなもの、ということなのだろう。ハッピーエンドの最終章でも美代の祖父の死という不幸が描かれており、すべての章を通じて、全員生還という絶対的な幸福は存在していない。

ならば後悔するだけ無駄という、諦観に支配されつつも前向きな、今を生きるためのメッセージが、本作には込められている。

また、本書の終盤には優しい魔法がかけられている。

章也が、姉が死んだ夢を見たと言う台詞がある。これによって、これまでのバッドエンドの世界線はすべて誰かの夢だったのではないか、という仮説を立てることができる。

その真相は、それこそ神のみぞ知る、だが。仮説として存在しているだけでも、読了の後味は一気にふわりと軽くなる。

これには作者の読者への配慮が見受けられる。それでも、はっきりすべてが夢だと明言しないシビアさを残しているあたり、私は非常にこの作者の持ち味を感じる。

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