華やかな世界の影の仕事人
スカウトとしての生き方
プロ野球のスカウトの仕事というものは戦争らしい。お互い、やるかやられるかだ。
カリスマスカウト、堂神ことガミさん。しびれたわー。この小説に出会うまで、スカウトの仕事を舐めていたところがあった。プロ野球選手をクビになった人のための温情だとさえ思っていた。もう、随分前のことになるが、ある球団が甲子園で活躍した沖縄県のエースを指名した。しかし、その選手は最後までその球団への入団を断り続けた。その結果、スカウトの一人が自殺した事件があったことを覚えているだろうか。その時は、あまりその自殺の理由を深く考えもせずに、ただ、気の毒にと不憫に思っただけだった。しかし、この物語を読むと彼が命がけでその選手を獲りに行ったことがわかるのだ。今になって、そこまで自分を追い詰めていたこと、スカウトとしての責任をとったことが理解できる。しかし、その方法が決して正しかったとは思わない。それくらいの覚悟を持って仕事、いや戦っているということだ。
この物語は、現役を退いた久米純哉、クメジュンがスカウトになってからの4年間を描いているが、主役はガミさんだと思っている。堂神マジックが引き起こす驚きこそが、この小説の面白さであり、そのマジックがクメジュンをスカウトとして成長させていく。クメジュンがスカウトとして起用されたのも、もちろんセンスもあるだろうが、プロ野球選手を多く輩出する大学出身なのが大きいのだろう。だって、コネクションが使えるから。そういうことも加味しているんだよね。戦争するんだから、いい兵隊を揃えないと意味がない。
裏の裏を読め
当然1位で指名する選手は被ってくる。最後はくじ引きになるとはいえ、誰を指名するかの駆け引きが肝心だ。当たり前だが、1位は一人だ。誰を指名するかは大問題ではあるけれど、前述の選手のように拒否されたら、大事な一枠を棒に振ることになる。メジャーに行きたいと日本のドラフトを拒否していた、あの大物二刀流の選手を指名した食肉会社のチームはすごい勝負だったのだと今更ながらにわかる。上手く説得してメジャーリーグへの道筋をたててあげた。結果的にすごく良かったのだろう。おかげで、彼は日本でもアメリカでも愛される選手となった。スカウト、首脳陣の勝利だ。他のチームは頭を抱えたに違いない。マジックだ。
そして、何年に一人は人気の新聞社のチームに行きたくて、せっかく1位に指名されても拒否して浪人生活を送る選手もいる。そういった選手は大抵二年目には、希望の新聞社のチームのチームにすんなりと入ることができる。いくら何でも2回目の意地悪はしないもんなのだね。ガミさんならばどうするだろう。
故障を知りながら、知らんふりをして他のチームにその選手をわざと指名させる方法もあることを知った。戦争は諜報戦もアリなのだ。流言飛語が飛び交っている。ウソを見破れなかったら負けなのだ。そこまでのスカウトになるには、他のチームから恐れられなければならない。したたかな演技力がスカウトには必須条件。クメジュン、大きくなれよと一年目の彼の驚きに私はエールを送ったよ。順調に育っていって嬉しい。
ドラフトまでの苦悩
プロ野球選手選手を目指す人にとっては、まさにドラフトは運命のドラマである。そのドラマに至るまでの、スカウトの動きは本当に大変だ。クメジュン2年目の加賀の指名は、私もこれは別に1位でいかなくても獲れるのではないかと思っていた。しかし、契約金のこと…すなわち今の準硬式チームへの裏切りを恩返しとしてみんなの理解を得られる。ガミさんはそこまで考えている。それだけではなくて、今の正捕手の清見に対しての警告の意味もある。ドラフト1位というのは一生ついてまわるものらしい。そこまでの、入念な下調べをドラフトまでに何人の選手を見るのだろうか。指名されるのはみんなが知ってる甲子園のスター選手ばかりではない。地方大会や練習試合まで、コツコツと歩いて探すんだろう。
ジーニョとマグロンみたいに、同じ高校から同じチームに行く話は微笑ましくて好き。そのために危ない橋を渡ったのだから、活躍して欲しいと思う。海外の選手にはおおきなリスクもある。そして、続編にも登場するので、それはとても嬉しい。スカウトの人たちは選手に特別な思い入れがあるのだろうなと、この小説を読んで、尚更強く感じた。実際の話で、例の甲子園で活躍した強豪校の二人組の友情を引き裂いたドラフトだけれど、どうしてあそこまで非情にならなければならなかったのだろうと当時は悲しく思ったが、スカウトや首脳陣の苦悩があったのだと今はわかる。しかし、試合に勝つこと、優勝することが全てなのだろうか。ま、そうなんだろうよね。それがプロ野球。どれだけの巨額なお金が動くビジネスか。結局、一時は同じチームでプレイはできたけれども、あの時の選択は正しかったのか。それは誰にもわからない。
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