決して諦めない男
悲惨な駿府時代
富樫倫太郎の軍配者シリーズで、早雲の軍配者、謙信の軍配者を読んだ後に、最期に、この作品を読みました。これで完結です。
テーマは、「決して諦めない」ことだと思いました。四郎佐は、齢が当時の高齢者である四十歳を過ぎても、どんなに自分が醜悪な顔になっても、体が不自由になっても、決して一流の軍配者になって乱世に、その名を高めようということを諦めていませんでした。正直に言って、前の二作の方が読み応えがありました。しかし、この作品にも、それなりの読み応えはありました。足利学校、建仁寺で学び、大きく羽ばたこうとする四郎佐ですが、駿府に帰ってきて、軍配者として活躍出来ると信じていたのに、結果は悲惨でした。本物の山本勘助の仇として、山本家の縁者の宍倉家から命を狙われ、今川家の重鎮である太原雪斎の知遇を得るも、今川家の当主である義元から、顔と体の醜態を嫌がられ、仕官することが叶いませんでした。最近は、義元は、昔の愚将説と異なり、智略、器量のある人物として歴史上も研究で、そのような結果が出ており、また、そのように描かれている小説、ドラマ、映画が多いのですが、この作品では、愚将扱いになっています。そこが意外なところでした。四郎佐が仕官できない理由付けのために、義元をそのような愚将キャラクターに設定したと思われます。それどころか、宍倉家の今川家の激しい懇願により、四郎佐は、今川家の牢に長い間監禁されてしまいます。
早雲の軍配者、謙信の軍配者を読んで、四郎佐も、他の二人と同じように、作品の初めから大活躍すると思っていました。しかし、キャラクターが、なかなか活躍できずにいるという、まさかの展開になりました。著者は、その点でも読者の予想を覆しました。そのような中でも、四郎佐の諦めない精神力に、感動しました。また、実子武田晴信から駿河に追放された武田信虎こと無人斎が、最初に出てきますが、そのエキセントリックなキャラクターに苦笑いしてしまいました。息子を四郎佐を使って暗殺し、自分が甲斐の当主に復帰するという作戦が、やや幼稚に感じました。また、無人斎と晴信の間に入って、板挟みになり、苦労している駒井高白齋は、その悲哀が、現在の中間管理職のサラリーマンに似ていて、ずるい性格の人物ですが、共感してしまいました。
四郎佐は、駿府での仕官を諦め、別の主君に仕えようとします。途中で、足利学校での友、風魔小太郎と出会い、旧交を温めますが、小太郎が性格が温厚で、四郎佐に対しても、優しく接し、小太郎の子供たちも、立派に育っています。四郎佐とは真逆な生活を送っている小太郎ですが、殺伐とした本作の中で、一時の暖かみのあるシーンでした。
武田家への仕官
晴信への仕官を四郎佐は、どうやって行うのか期待していたところ、因縁の駒井高白齋の伝手を頼り、晴信の前で堂々と、正直に晴信の父から暗殺を頼まれて来たといいました。あれには驚きましたね。軍配者だから、もっと策を弄して、仕官をすると思っていたのですが。しかし、あの正攻法が晴信の心を動かし、四郎佐を家臣にしたのですから、人間とは分かりません。
晴信の重臣は、自己主張が強くて個性的な面々が多いですね。板垣信形、甘利虎泰、飯富虎昌、原虎胤などです。重臣たちはじめ家臣たちは、四郎佐を得体の知れない奴として警戒していましたが、虎胤だけは、虎胤に率直に物を言う四郎佐を気に入りましたね。大酒飲みの酒乱で、酒癖が悪いが、性格は純粋で、四郎佐を一方的に気に入っていたのには、思わず笑ってしまいました。また、後の武田四名臣の一人、高坂昌信となる、春日源五郎も、性格は軽いのですが、虎胤と同様に、四郎佐を見た目で判断せず、四郎佐の実力を見ていました。源五郎の判断力、武術の腕も抜群に描かれており、好感を持てました。
武田家での活躍
四郎佐が、晴信に仕える前は、武田家は必ずしも強いとはいえませんでした。甲斐国は貧しく、豊かな信濃国に攻め込もうとしますが、信濃国の土豪、大名たちに苦しめられています。軍配者の駒井高白齋も、あまり軍師としての役割を果たさず、家臣達は武勇に秀でていた者が多かったのですが、なかなか信濃国での領土を広げられません。そこで、四郎佐が、新しい軍配者として、武田軍に加わるのですが、地形を活かした智略で、土豪、大名たちを追い込み、滅ぼしていきます。敵の油断をついて、敵本陣を奇襲したりするなど、その軍略は見事としか言いようがありません。しかし、武田軍が村上義清軍に大敗し、板垣信形、甘利虎泰などの重臣を大勢失った上田原の合戦には、四郎佐は参戦していなかったという設定で、四郎佐がいなかったから負けたということにしたり、同じく村上軍に大敗した砥石崩れは、その戦いすら描かれていませんでした。そこが返す返すも残念なところです。四郎佐が、この二つの戦いに参加していて、どのようになって、大敗に至るのかを描いて欲しかったです。また、第四次川中島の戦いでは、四郎佐の作戦を上杉輝虎が見破り、上杉軍だけではなく、武田軍も大勢の損害が出て、武田信繁、諸角虎定、三枝守直などの武将も亡くなり、四郎佐も討ち取られますが、その戦いも、丹念に描いて欲しかったのではありますが、謙信の軍配者で、描かれてあるので、この作品では、割愛されたのは仕方がないです。
千草との出会い
原美濃守虎胤のお気に入りとなって、酒を酌み交わす仲の四郎佐ですが、虎胤の家で飲んでいる時に、虎胤の一人娘の千草と出会います。千草も顔に生まれた頃から障害があり、それが原因で、嫁の貰い手がないことに、父虎胤も心を痛めています。四郎佐も、自分が顔に障害があるだけに、千草が初めて出てきた時に、あえて驚きを隠しました。千草も、四郎佐の外面を気にせず、今まで苦労して得てきた四郎佐の優しさ、人間観察の鋭さを感じ取ります。千草も知恵が優れた人物であります。そして、障害があっても、くじけず、捻くれずに立派に育ちます。この時に、共通したものを持つ二人という存在が現れたのでした。そして以後、千草は、四郎佐のよき友として、手助けをするようになります。私も、千草が考え出した知恵に驚いたことが何回かありました。最後に、四郎佐と夫婦になるシーンは、登場した時から、きっとそうなるなと思っていたのですが、やはり、感動せざるを得ませんでした。また、虎胤の鬼の目にも涙にも、感動を覚えました。
雪姫との出会い
2007年に大河ドラマ化された井上靖原作の風林火山でも、諏訪頼重の姫君は出てきて、重要な役割を果たしますが、この作品でも重要な人物として、取りあげられています。この点も、井上靖の風林火山と似ています。武田軍に攻められて、謀略で騙され、切腹させられた諏訪頼重の娘は、武田信玄関係の作品では、名前がいろいろと異なりますが、この作品では雪姫という名で、出てきます。父が武田軍の騙し討ちで切腹に追い込まれたのですから、武田家への怨みは凄まじい物があります。晴信や甲斐の者に対して、なかなか心を開かないのは当然です。現代でも、このようなことが起きたら、必ずそのようになるでしょう。甲斐の者ではないから、また不細工だからということで、選ばれたと言う四郎佐も、最初の方は、雪姫から全く相手にされませんでした。しかも、やっと口を開いてくれたと思ったら、標高が高い信濃の山から雪を取ってきて欲しいという無理難題を突きつけられました。四郎佐は、とことん弱りましたが、千草の知恵で解決し、四郎佐は、雪姫に心を開かせることができました。不細工とか醜男とかで、忌み嫌われてきた四郎佐が、極めて美しい雪姫と心が通じ合うというのは、意外な話ですが、心温まる話です。この話は、戦乱がメインの、このシリーズでも心を揺れ動かすシーンとして、信玄の軍配者という作品を面白くするスパイスになりました。
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