往年の太宰治をおもう - パンドラの匣の感想

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パンドラの匣

3.003.00
映像
3.50
脚本
3.00
キャスト
3.00
音楽
3.50
演出
3.00
感想数
1
観た人
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往年の太宰治をおもう

3.03.0
映像
3.5
脚本
3.0
キャスト
3.0
音楽
3.5
演出
3.0

目次

「パンドラの匣」はこんな作品



この作品は、太宰治の小説、「パンドラの匣」を原作とした映画です。

1945年の戦後まもない日本を舞台に、結核を患い、隔離病棟で集団生活を送る青年、「ひばり」の目線で物語が語られていきます。

音楽や画面の撮り方が、お洒落でモダンな雰囲気があり、太宰治の作品の雰囲気にピッタリだと思いました。

隔離病棟の様子と言えば、結核という、死に繋がる病を皆患いながら、不思議と陽気で楽しげな雰囲気があります。

闘病の苦しい様子などは一切ありません。

かわいらしい看護婦達や、同室の人々の様子が、ユーモアを交えて語られていきます。


「新しい男になる」という意味は何か



主人公のひばりは、事あるごとに、「新しい男になる」という命題を己に課します。

新しい男、とは何を意味するのでしょうか。

新しい男とは、やはり戦前の精神を捨てた人、ということなのだと思います。

ひばりは結核を患い、出兵できず、日々を暗澹として過ごしてきました。

冒頭に「黙って死んでやろうと思った」とあるとおり、出兵できないということに、男としてコンプレックスを抱いていたんですね。

そのコンプレックスで、日々死んでやろうとしていたのです。

(現代の我々の感覚では、出兵しなくてラッキーなように見えますが…。)

しかし、唐突に戦争は終わり、死ぬことが美徳という価値観が、180度変わることになります。

生きなくてはいけない、生きていてほしい。
そういった言葉を、口に出してもいい世の中になったんですね。

作中でも、マア坊がひばりに対して、「あなたが死んだら、悲しむ人がいるわ」と言う場面もあります。

新しい男、というのは、すなわち死に向かって思考する者ではなく、生に向かって生きる人なのかもしれません。

この作品では、あまり察せられませんでしたが、往年の太宰治自身は、何度も自殺を図っています。

あまり知られてはいませんが、実は戦中の太宰治の生活は、健全そのものだったのです。

結婚し子をもうけ、女遊びや酒や薬をやめ、児童文学を書き、東京の隅にひっそりと暮らしていたのです。

しかし、様子が変わったのは戦後。
タガが外れたように、以前の自堕落な生活に戻り、「人間失格」という作品まで生み出しています。

おそらく彼を苦しめたのは、戦後の世の中の価値観の変貌なのでしょう。

太宰治は、戦時中に戦争を賛美していた作家が、手のひら返しでそれを糾弾し始めたことに、強烈な批判もしていました。

そうした身勝手な人々の価値観の変貌に対しての、憤りや絶望が、太宰の中には渦巻いていたのではないかと思います。

そして、そういった負の感情が、彼の自殺願望の要因だったに違いありません。

太宰も新しい世の中の価値観に対して、順応しよう、生きよう生きようとはしていたのでしょう。

が、ふとした瞬間に死にたくなる。

この作品の主人公、ひばりの中にも、そういった思考があるのかもしれません。

生に対して自暴自棄になる衝動を、なんとか収めようとしている。
そうした瞬間の太宰治の化身が、ひばりなのかもしれません。

この作品のタイトルは、パンドラの匣です。
嫌なものが全て過ぎ去った、戦後まもない世の中に、それでも希望を見出ださんとしていた、太宰の眼差しを感じました。


なんと潔い死生観なのか


この作品は、隔離病棟を舞台にしています。
しかし、内容は死への恐怖、といったものは前面に押し出されておらず、ひばりの周囲の小さな出来事が、明るい雰囲気で取り上げられていきます。

一見して、皆浮き足立っており、とても死の間際にいる人達には見えません。

しかし、喀血して突然死んでしまう者もあり、やはりすぐそこに死があるのだなあ、とゾクリとさせられます。

しかし、戦争を生き延びた人々です。

いつか来る死よりも、唐突に訪れた終戦のもたらした、自由と平和を謳歌することに忙しい、という様子に見えます。

病に怯えることよりも、圧倒的に今が楽しい、という感じで、「すごい時代だったんだなあ」と改めて思うと共に、当時の人々の力強さを感じてしまいます。

そもそも病死を恐れている場合ではなかったのですね。

また、精神論的にも、死は怖れるものではなく、命は国のために投げ出す物だったはずです。

しかし、戦争が終わってしまうと、途端に体に気をつけてね、健康になってね、に変わるのですから、その価値観についていけないですよね。

なんとなく、そういったことも含めて、皆死ぬことがあまり恐ろしくないのかな、と思ってしまいました。


女性に対しての暖かい眼差し



作品を見ていて思ったのは、やはり太宰治はフェミニズムの人であるなあ、ということです。

作中の看護婦の可憐さ、優しさは、太宰が女性に抱いていた女性への、好意そのままのように思いました。

中々太宰治世代の男性で、このように女性を優位に捉えるという事は、無いんじゃないでしょうか。

なんとも懐が深いというか、女性が好きだったんだなあ、と思います。

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