テーマはいいのに、展開や感情描写が雑な映画
目次
始まり方から漂う、映画の質を疑う不吉感
この映画を選んだのは、限りなく暗い雰囲気で救いのない映画を観たかったからだ。だからこそ、無事生還したものの手も足も無くしてしまった夫に妻がどう接するのか、戦争の重さなどがその絶望感に拍車をかけるのではないかと思い、そのストーリーに深刻な重々しさを期待(というのは語弊があるかもしれないけれど)して観た。だが結果は、どうも私の思っていた方向の映画ではなかった。
この映画の監督の若松孝二は基本的にピンク映画の監督で、それが悪いというわけではないけれど、この映画自体もそちらのほうに重きが置かれているような気がしたからだ。彼の作品で見たのは「完全なる飼育」だけだったけれど、あれもサスペンス的にもピンク的にも中途半端で、よくわからない映画だった。要は好みだとは思うけど、私とは相性の良い監督ではないようだ。
この映画の始まり方も、私が映画の質自体を疑う、スタッフロールがオープニングにくるスタイルだった。このオープニングのセンスで、おもしろい映画が作れるわけないとどうしても思ってしまうのだ。
なんとなく怪しいなと思いながらも、最後まで観てしまったから、それなりのパワーがあったのだけど、私にとってはギリギリの映画だった。
明らかに乏しい夫の心境描写
夫は日中戦争に駆り出され、手足を失い、頭もおかしくなっているのだと思った。実際最初の方はそんな描写もあったし、事故のショックでそうなってしまったのだと思っていた。でもストーリーが進むにつれ、どうやら正気を失っているわけではないとわかる。その証拠に、自分が軍神扱いされた新聞記事を何度も見せるように強要したり、鉛筆を口でくわえて「ヤリタイ」などと書いたりする。また昔の自分を思わせるようなシゲ子の態度に、冷ややかな目つきを向けたりもする。
また手足を失ったからこそシゲ子にひどくあたるようなイメージで話は進んでいたけど、五体満足だった頃から、夫は決して良き夫だったわけでない。暴力的にも性的にも妻シゲ子を支配し、子供の産めないシゲ子をひどくののしったりもしていた。だから手足を失ってヤケになっているわけでなく、もともと鬼畜だったのだろう。
そもそもこの夫は戦争中、現地の女性を乱暴して殺害するなど、当時の兵隊がどうだったにせよ、同情などできない男でもある。もともと鬼畜だった男が、シゲ子の行動に昔の自分をオーバーラップさせ、トラウマを発症するかどうかも疑問だ。
それは夫の心情描写があまりにも少ないからだと思う。あまりにもくどくどとした説明はいらないけれど、繰り返されるのは現地の女性を乱暴して殺害した時の記憶ばかり。いくらシゲ子に虐待に近いことをされるようになったからと言って、それが原因でおかしくなるのなら、手足を失った時からおかしくなっているはず。なのに帰還当初はおかしいのか?と思いきや案外普通だったものだから、どうもこの男には最初から最後まで感情移入がしきれなかった。
シゲ子の行動の動機がいつもあいまい
対してシゲ子は、帰ってきた夫の姿に衝撃を受けながらも、軍神の妻としてけなげに介護しようとする。でもだんだん、その愛情をカサにきたような夫の態度と際限のない性欲に辟易としてくるあたりはリアルだったようには思う。
ただ、夫と心中しようとしたのが早すぎた。帰ってきてすぐはさすがに、衝撃を受けながらも夫への情が先立つように思えたのだ。しかもあきらめるのも早い。そしてその後の態度は、軍神の妻として周りに褒め称えられているのが気持ち良くなったのか、代理ミュンヒハウゼン症候群を発症したのか、そのあたりもよくわからない態度だ。
また、食事を取られ性行為を強要され、あれほど憎むようになった夫に対して、急に態度を急変される場面がある。「食べて寝るだけでいいじゃない」と自分に言い聞かせるように食事を作る様は、それまで般若のような顔で夫に接していた妻と同一人物とは思えない。どうしてそうなったのか、行動の動機がさっぱりわからないので、シゲ子の態度が移り変わるたびに、こちらはその意味を自ら考えなければならない始末だった。
そんなことが繰り返されると、ストーリーにはまるで入り込めない。余計な描写こそいらないけど、もう少し詳しい感情描写は欲しいなと最後まで思った。
古臭いカメラワークとわざとらしい演技
この映画は2010年公開にかかわらず、そのカメラワークがあまりにも古すぎる。一番は夫の中国での回想シーンだ。映画の始めから最後まで、そのシーンは何度も繰り返される。あえて何度も繰り返すことで、観客に特定のイメージを想起させる意図がある場合もあるけれど、この映画に限っては、ただただ古臭いとしか感じられなかった。しかもそのシーンの間には、だんだん精神を病んでいく夫の表情が差し挟まれる。その古さはまるでヒッチコックの恐怖映画を髣髴とさせられる(古さの例えで出しただけで、ヒッチコックの映画をけなすつもりはない)。そして、そのあまりのひどさに、ちょっと笑ってしまうくらいだった。正直、コメディのように感じたのは否めない。
その他、脇役というか、ほとんどエキストラのような立ち位置の役者たちのわざとらしい演技にもひっかかった。竹ザオで軍事訓練をするおばさんたちや、シゲ子に介護を押し付けようとたくらむ父親と妹の演技などはほとんど正視できないレベルで、監督の采配を疑うくらいだった。
他、やたらシゲ子に親切な義弟は、存在意味さえ疑ってしまう。ある程度重要な役なのかよく出てくるのだけど、なんの意味も感じない。夫が不具になってしまってからは義弟との恋の予感を感じさせたが、それも全くない。彼がいるからといって何の話も広がらない。
このような余計な登場人物もこちらを混乱させた。
寺島しのぶの演技力だけが救い
この映画は、主演が寺島しのぶでなければ最後まで観れなかったと思う。なんだかんだ言いながらも最後まで観てしまったのは、彼女の演技力に他ならない。
寺島しのぶは決して美人でもないし、スタイルがいいわけでもない。でもだからこそどんな役でも演じられるような役者らしさを、彼女からは感じる。それはマンガ「ガラスの仮面」の北島マヤのような印象だ。今回のこの映画でも、夫に対して憎しみといらだちを感じながらも、自らの性欲を満足させようと利己的な行動に走るところなど、かなりリアルだった。そして隠そうともしない潔いヌードもリアルだった。
そんな演技を見せてくれた寺島しのぶだけが、この映画のいいところだったと思う。
予告編と本編との乖離
映画につきものだけど、予告編は実に面白そうに見せる。もちろんだからこその予告なのだけど、期待を高めてこの映画を観るとかなりがっかりするのではないだろうか。
観た後Wikiでもこの映画を調べてみたが、本当にうまく書いていた。あれを読んだあとなら絶対この映画を観ようと思ったはずだ。
後先反対になったのが良かったのかどうかはわからないけど、その乖離だけが強烈に印象に残った。
ラストだけはそれほど悪くなかったけれど
結局、精神を病んだ夫は自ら庭の池に身を投げ、自死をとげる。その近くにはシゲ子が軍神の妻としてたたえられ、聖母のような笑みを見せていた。そのギャップが、この映画唯一、悪くないシーンだったと思う。
ただ、夫が芋虫のように池に向かう途中、池に落ちてもがく毛虫が映る。あきらかにこのカットのために池に落とされた毛虫だろう。あまりにもわざとらしすぎて、そして古すぎて、せっかく悪くない場面だったのにちょっと素に戻ってしまった。
あとA級戦犯がどんどん処刑されていくフィルムは恐らく本物だろう。あれは強烈だった。なんだったら、この映画の具体的なことは忘れても、あの場面だけが記憶に残るかもしれないと思ったほどだった。
この映画は、何度途中で観るのをやめようかと思ったレベルだったけれど、寺島しのぶのおかげで(おかげでといっていいのかわからないけれど)最後まで観れた。
でも今年観た中ではワースト5には入るのではないか。そんな映画だった。
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