一見単純明快で、でもそうでもない「チキ・チキ・バン・バン」 - チキ・チキ・バン・バンの感想

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一見単純明快で、でもそうでもない「チキ・チキ・バン・バン」

5.05.0
映像
4.5
脚本
4.5
キャスト
5.0
音楽
5.0
演出
4.0

目次

幸福感あふれる全盛期ミュージカル

現在はミュージカル映画はそれほど盛んではありませんが、戦後しばらくまでは非常に数多く作られました。このころまでは舞台ミュージカルも含めてドイツ語オペレッタの名残をとどめた、クラシック風のものが多く、オーケストレーションもメロディも明るく親しみやすい正統派です。「マイ・フェア・レディ」「サウンド・オブ・ミュージック」を例に挙げるまでもないでしょうが、気軽に口ずさめるような名曲が多く残されています。

その全盛期最後の1本が、この「チキ・チキ・バン・バン」といえるでしょう。楽しさきわめつけの、幸福感あふれる作品です。ミュージカル映画としては比較的珍しいことに、舞台ではなく、童話原作からの映画化です。その後、舞台化もされたようですが、さすがにかなりギミックを駆使しているようです。本来は映画ならではの素材、一種の特撮ものなんですね。

主題歌だけが突出して有名

この主題歌を知らない人は少ないのではないでしょうか。チキ・チキ・バン・バンと口ずさんだだけで思わずメロディが乗っかってきそうな、有名であり、浮き立つ気分の名曲です。日本人歌手によるカバーもいくつか出ました。でも、曲は知っているけど、何の映画?というと、知っている人はいきなり1割以下に減るかも知れません。自動車の映画? 半分正解。カーレースの映画? うーん、惜しい。確かに最初の方は大昔のカーレースの場面が続きますけどね。この場面、結構カネがかかっていて楽しい見物ですが、物語上は、口で説明すれば済むんじゃない?、という意見も当然ありでしょう。でもこの「回り道」こそがこの映画の真骨頂なんですね。慌てず騒がず、贅沢な寄り道を楽しませながら観客をゆっくりと本筋へ誘ってくれる。で、本筋は結局何なのかと言えば

「空を飛び海を進む自動車の冒険物語」

そうなんです。それだけなんです。チキ・チキ・バン・バンはこの魔法の中古自動車の愛称(日本語でいえばガタピシ号ですかね)。何だか子供だましっぽい? いや、これ、子供の映画なんですよ。この自動車に乗って悪人をやっつけるのは、小さな兄妹と、お父さん(社会不適応っぽい発明おじさん)、そしてその恋人(喧嘩ガールフレンド?)の4人チームなんです。あと、一家の祖父も番外で加わったりしますが。

悪人はなぜか19世紀風の古城(ドイツの名城ノイシュヴァンシュタイン!)を根拠とする名優ゲルト・フレーベとその一味で、子供映画らしいマンガ的な間抜けさで愛嬌もあるんですが・・・どこかブラックな気配も。彼の王国は子供のいない世界なんですね。それというのも夫人が異常な子供嫌いで、ダンナはその尻にしかれながらも隙あらば殺す機会を伺っている。でも二人は愛し合ってもいる。何とも怪しいテイストなんです。もう少し突っ込めば微妙な心理ドラマになってしまいそうな。子供映画らしからぬ地肌が後半にはチラホラ顔を覗かせています。俳優とロケ地にドイツが選ばれているのも、直接ではありませんが、ナチスをかすかに連想させるフックといえるでしょう。同じ英国の先達チェスタートンが、ドイツってのは結局お伽の国なんだと(ナチス台頭前に)皮肉をこめて書いたことを思い出します。

007+チョコレート工場+メリー・ポピンズ

といいますのも、この映画の原作は007シリーズで有名なイアン・フレミングなんです。(ゲルト・フレーベはそもそもそっちの悪役で有名になった人ですよね)。唯一の児童作品だそうです。でもって脚本が作家のロアルド・ダール。大人向けには異色短編の数々で、子供向けには二度映画化された「チョコレート工場の秘密」などの奇想天外な童話で有名な人です。さらに、お父さん役ディック・ヴァン・ダイク、作曲ロバート&リチャード・シャーマンほかのスタッフは皆「メリー・ポピンズ」からの居抜きです。ちなみに原作では両親と子供二人の冒険なのに、母親が既に亡くなっている設定にして外部の女性を持ってきたのはその影響と思われます。というよりは、お父さん視点だと若い女性が横にいた方が受けるわけで、ファミリー映画に徹しきれなかった、製作チームを主導するオヤジどもの心の揺らぎかなという気もしますが。

というわけで、豪華チームによって作られたこの作品は、色んな味わいを混在させる仕上がりになりました。特に気になるのは、後半で肝心のチキ・チキ・バン・バンの出番ががぐっと減ってしまうことでしょうか。全体の上映時間も2時間20分とやや長く、真ん中あたりに休憩時間が置かれています。

名曲満載で飽きない2時間半

では、退屈とか冗長な部分があるかといえば決してそうではありません。確かに単純な物語をかなりの長時間かけて描いてはいるのですが、見終わって長すぎたと感じる人は少ないと思います。何より音楽が粒そろいです。オペラでもオペレッタでもミュージカルでも名曲は「うっとり系」と「ウキウキ系」に二分されると思いますが、この映画は後者がつるべ打ちです。お菓子工場のワルツも最高ですし、終盤で歌われる「灰からバラの花が咲く」は主題歌に負けない勢いの良さで、聴くだけで元気がでること請け合いです。でも、一方で、このいい加減な題名を聞いて何のこっちゃと思われた方もいらっしゃるでしょう。安直な元気づけソングのパロディとしての皮肉な目も光っているんです。でも元気が出ることは出る。でも待てよ・・・・みたいな無限ループを感じさせる唄でもあります。この、単純に見せて案外複雑、という裏打ちは全体に言えることで、最高に盛り上がるハッピーエンドにおいてお父さんがポツリともらす教訓も、ある意味でかなり苦渋に満ちた自己批判になっています。

そしてネタバレ

知られているのか知られていないのか、この映画は夢オチで終わります。というよりも、この冒険物語自体が、海岸までドライブしてきたお父さんが子供たちに語って聞かせた即興の作り話だったのです。チキ・チキ・バン・バン号が水陸空万能であるという話も含めて。ここは賛否分かれるでしょうが、その場しのぎの創作話を子守唄代わりに聞かせる父親の幼児記憶を持つ人(私もその一人です)には少しグッとくるかも知れません。話がやや行き当たりバッタリなのも、大人テイストが混ざってしまうのも伏線だったのです。

そして、にもかかわらず、お父さんが恋人と二人でドライブするチキ・チキ・バン・バン号が宙に浮かんでいくラストシーンは、何とも意味深で、心震える一場面となっています。

一時代の終焉

この映画は、多額の製作費に見合うだけのヒットとはならなかったようです。そして、同種のミュージカル映画はこれ以降、作られることがなくなりました。舞台の方も、こうしたメロディ重視のファンタティックなものから、ビートを利かせたロックミュージカル、社会派へと主流が移り、そしてやや暗鬱でセリフを排したロンドンミュージカルの全盛が始まります。それらに対応した映画も作られてはいますが、もはや「チキ・チキ・バン・バン」のような能天気一方の見かけを持つ(裏にどれだけブラックな世界観を持つとしても)ミュージカル映画が作られることはないのでしょう。それは、19世紀風のオペラが新作として登場したり、着ぐるみの怪獣映画が作られたりすることがないのようなものかも知れません。むしろだからこそ、現在ブルーレイやDVDで命脈を保つこの映画は、かけがえのない輝きを放っているといえるのではないでしょうか。

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