山×リア充は、俺たち納得のヒューマンドラマ。
私たちは、こんなにもヒューマンドラマが見たいのだ。
私たちはこんなにもヒューマンドラマが見たいのだ
他人の裏事情が知りたい!
こんなにも下世話でしょうもない根性はなんなんだろうか。しかし、人はその欲望を手を変え品を変え実現する。
ジャンルで言うところのヒューマンドラマだ。しかし、このジャンルももう長い。多分紀元前から続いている。表現方法が洗練されてきたのがこの1000年くらいだとしても、ヒトとヒトのごちゃごちゃに関しては古今東西老若男女が書き殴っているのである。その技術はとぎすまされ、そしてオーディエンスである我々の感性もまた鋭敏になっている。
私たちはもう知っている、嘘っぱちのお涙頂戴がどれだけおぞ気をそそるものかを。そんなものはもうお腹いっぱいだ。
だがしかし、全然感情移入できないような突飛な設定でも困るのだ。ある程度こちらも想像できるものでなければ。
そしてその上でなお、新境地であってほしい。
岳は、そんなワガママなマンガファンのニーズにすべて応えきっている。
極限のむき出しなら信用できるもの。
山、という場所は、古来から神聖な場所としてクレジットされてきた。これは世界各国がそうであるから、人間の根幹の部分なのであろう。元来は人が立ち入ることを許されない聖域である。
対して街は生活。よく言えば身近、悪く言えば見飽きた風景。そしてヒューマンドラマは当然、人間の話であるから街で起こる。
しかし、舞台は山だ。
ページにおける山率は半端ない。たまに回想シーンで、登山者のお父さんの病院や、山を下りたOLが街を歩いているコマなどの白さにドキドキする。作者の方、ホントに山の描き込みが好きで・・・街はそんなでもないんだなあ・・・。
そんなたまにしか出てこない街の思いを、人々は山に持ちこんでくる。で、大概ひどい目に合う。
私は山登りと言えば普段のスニーカーで登れる、中腹にビアガーデンがあるところくらいしか行ったことがない。しかし多分に本格的な山、特に三歩が待ち構えている山なんていうのはハードコアなところなのだろう。少々山に詳しい人も、ずぶの素人も、等しく大変なことになる。
そして、たった一言、「よく頑張った」と言われ救われるのだ。
この場合の救われるとは、元から持っている悩みと、命と、両方だ。よく頑張ったという言葉は、事情を知らないはずの三歩から、その人の人生全てへの容認である。
三歩に救助された人は大概泣いている。そりゃそうだ。マジで死ぬところだったのだ。そんな時に、リストラされただ嫁姑関係がうまくいっていないだなんていうのは本当にちっぽけだ。デカすぎる山、それの中に抱かれて暮らしている三歩、その人からの「頑張った」。
どんなに懐疑的なスレたマンガファンだって、山で死にかける、という事象に反論はできないだろう。その理論で行くと、
山は命がけか?→イエス
救助してくれる人も命がけか?→イエス
命がけで助けてくれた人があなたのことをただ受容してくれたなら、涙を流すか?→イエス
元から持っていた悩みを切り替える体験になり得るか?→イエス
そこに嘘くささを感じる隙はない。私たちの求めている、厚みのあるヒューマンドラマ一丁上がりである。
山は部屋から離れた、はるか遠くのファンタジー。
それにしても、三歩というヒーローは山の擬人化、もっと言えば神の具現化した姿なのかもしれない。
特に自分の意見を言うこともなく、誰に反論するわけでもない。ただただ、どこかで危ない命があった時には行く。それは太陽が東から昇って西に落ちるように自然で変えようのない営みだ。三歩の意思というよりは、運命とか定めとか言いたくなるようなイメージ。
たまに三歩過去回なんかがあっても、そこに本人の恥ずかしい欲望などは見受けられない。恥ずかしい、というのは、モテたくてギター弾いてみたりとか、一山当てるためにはやりの仮想通貨で大失敗したりとかの、まさに人間臭い黒歴史である。そういうの無い。
彼の失敗は真摯に山のこと一択。こんなヒトいるのか?
しかしこの部分に関して、私のようなマンガ好きからすれば、「山が好きな人ってひょっとしたらこうなのかもしれない」と思ってしまう。なぜなら、自分は普段家の中でマンガばっかり読んでるからだ!
そう、自分と遠く離れたリア充臭、それが岳の神秘性を更に格上げする。
そもそも、絵がリア充向けなのだ。マンガ好きが好むような緻密かつ計算された筆致ではない。しかしそれ故たまにしかマンガを読まないサラリーマンにも受け入れられる、マニアックでない絵柄に仕上がっていると思う。
女性キャラの描き方なんてひどい。正直ダサいしかわいくない。しかし、このくらいの方がきっと、リア充には見ていて辛くない感じなんだろう。と、勝手に思ってしまう。
巻末のおまけマンガとかでも、あきらかに作者の方はガチで山に登っている方。我々のような!デスクで背を丸めてマンガを読んでいる人間とは感性がきっと違うはずなのだ!
だからきっと、三歩だっているのだ。私たちが知らないリア充の世界に、そして遠く山の世界に。
私たちは山を神聖視しすぎているのかもしれない。けれど、そうならざるを得ないほど、山は危ない。・・・って、ニュースで見た気がする。
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