名のない親子が世界の終わりを歩く物語 - ザ・ロードの感想

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名のない親子が世界の終わりを歩く物語

3.53.5
映像
4.0
脚本
3.5
キャスト
4.0
音楽
4.0
演出
3.5

目次

いきなりの「静かな終わりの始まり」

この映画は、普段の日常の世界がいきなり滅亡していくところから始まる。原因は何なのか、どのような天変地異なのかそれはわからない。でも夫婦が幸せそうに寝ているその部屋の窓の向こうは不気味に明るく光り、外は大火事になっていることが分かる。訳もわからないまま逃げようとしたそこで男は夢から目覚め、今は文明が衰退した現在に生きていることに気づかされる。あれから何年たったのかはわからないけど、当時身重だった妻はおらず、10才ほどの少年がそばに寝ている。息子だとしたら、あれから10年以上たっているのだろう。冒頭そこまで一気に見入ってしまった。
映画にのめりこんだ理由のひとつが俳優たちのリアルな演技だけでなく、ここまで音楽が全くといっていいほどないことにある。余計な効果音や挿入音楽がないことで、ここまで映画に入り込めるのかと、自分を現実に戻さなくてはならないくらいだった。
またこの映画はすべての登場人物たちに名前がない。主人公の父親と息子、妻、出会う人々、全てに名前がない。名前でさえも“余計な情報”なのだと思わせてくれた映画でもあった。

無駄のないストーリー展開が導くリアルな世界

世界の終わりや、人類が死に絶えた世界を、数少ない生き残った人々がサバイバルし生きる映画なりドラマは多い。ウィル・スミスの名演技が光る「アイ・アム・レジェンド」やデンゼル・ワシントンの重い演技が印象的だった「ザ・ウォーカー」、娯楽的な印象が強いながらもメッセージ性の高い「デイ・アフター・トゥモロー」。最近のアメリカのドラマ「ウォーキング・デッド」を代表するような、ゾンビの世界など枚挙に暇がない。
この映画はそれぞれ似たようなところがあるようで、それでも使い古された感じがない。それどころか、他のものよりもリアルで深く、人間の愚かしさと同時に強さも感じさせるような美しさを感じる。それは全て無駄のないストーリー展開にあると思う。
余計な演出や、観るものを感動させようといったストーリーのためのストーリー、そういったものがこの映画には一切ない。余計な音楽がないのもそのひとつだ。
またこの世界に跋扈する“人食い集団”。食料が絶対的に乏しいこの世界では、そういう人々が現れるのも必然だろう。しかしその凶悪な軍団が、わかりやすい凶悪な雰囲気を出していないのも良かった。いわば“北斗の拳”的な悪者らしい悪者が出てくると、ストーリーは盛り上がるけどなんとなくリアルではない。若干いかにもというメンバーもいたのはいたけど、笑ってしまうほどではなかった。そこも個人的には気に入っているところだ。
あと親子が奇跡的に食糧貯蔵庫を見つけるところ。安い映画なら感動的なりハッピーな音楽を流すかもしれないが、それがなく、ただただ親子の満足そうな笑顔が印象的だった。
そういう小さな場面の端々まで監督された映像の連続だったため、最後までハラハラしながら見続けることができた。

豪華な俳優陣の素晴らしい演技

この映画に出演している俳優たちは全てが豪華な俳優ばかりだ。主役の父親を演じるヴィゴ・モーテンセン始め、彼の妻はシャーリーズ・セロン。出くわす老人はロバート・デュヴァルだ。「アンダー・カヴァー」では、できの悪い息子を持ちながらも彼をいつも心配する不器用な父親を演じていた。最近では「アウトロー」で彼の顔を見た。年齢を重ねた渋い演技をする俳優だと知ってはいたけど、この映画ではあまりにも疲れ汚れた老人で最初は彼だと分からないくらいだった。だけどなにか心に残る演技だったため調べたら、ロバート・デュヴァルだったことに驚くと同時に、やはりなという気持ちにもなった。
最後あたり、父親が死に、一人になってしまった息子に、共に旅をしようと近づいてきた男はまさかのガイ・ピアースだ。ほんの少ししか登場する時間はないのに、そんなところに彼のようなビッグネームが出てきたところにも驚いてしまった。
ちなみに彼の妻役として登場しているモリー・パーカーはそれほど大きい俳優ではないけれど、どこかで見たなと思っていたら「ウィッカーマン」にニコラス・ケイジと共演していた。今回の彼女の役どころの、あの厳しい世界の中でも色あせない優しさを感じる表情と演技で、思わず涙腺が緩んでしまったほどだ。
ビッグネームが出ているからいい映画だということは絶対ない。でもこの映画は彼らの揺ぎない演技の深さを感じさせてくれる映画だった。

展開として少し残念に感じるところ

この映画は最近観た中ではかなりの上位に入ることは間違いないけれど、それでもいくつか残念に感じるところはある。
まず、冒頭でいきなり世界の終わりになるのはいいのだけど、何が原因だったのか最後までわからないところだ。ストーリーの間々では地震らしきものはあるので(それも小さなものだ)、世界を滅ぼしたのは天変地異だったことは予測できる。でも最後の日、彼らは部屋で幸せそうに眠っており、なんらかの気配を感じたヴィゴ・モーテンセン演じる父親が窓の外を見て初めて、火事らしきものが彼の目に映る。ただの山火事で世界は滅亡しないと思うし、地震でもないし惑星衝突でもない。それがなんなのかはっきりしないのが、少し消化不良な点だった。
あともうひとつ。シャーリーズ・セロン演じる妻だけど、この世界で生きていく気力がなく、自ら死を選ぶ。それはわかるのだけど、そこまで彼女を追い詰めた状況がそれほど実感できなかった。息子を置いてまで出て行くその病的な狂気を生み出した、過酷な状況をもっと感じてみたかったところだ。
シャーリーズ・セロンの演技は良かったと思う。最後家から出て行くとき服を置いていったのも、決して残された家族のためでなく、自分が早く死ぬためだという利己的さを感じさせて、凍るような冷たい演技がとてもはまっていたと思う。
ただやはりそこに行き着くための動機が知りたかったなと思ってしまった。

子役の演技の素晴らしさ

外国の映画で、時々ものすごい演技をする子役がいる。この映画の息子役であるコディ・スミット=マクフィーも、鳥肌の立つ演技をする子役だった。
初めてコーラを飲むシーン。実際飲んだことあるものをあそこまで驚きと嬉しさを感じる表情を出せるのがすごいと思う。父親にも飲んでとせがみ、そしてやっと自分が大事そうに飲むところなど、本当に演技かと思うくらいだった。
あと人食いたちの“貯蔵庫”に入り込んだときの恐ろしさとつらさの表情。とっさにあの顔が作れるのは、あの役を彼自身が完全に自分のものにしている証拠だ。
また偶然見つけた食糧貯蔵庫での子供らしい演技。お酒を飲んだりタバコを吸う父親を恐らく初めて見たのだろう、その不思議そうな顔。甘いものを味わうように食べる顔。シャンプーしてもらうときの気持ちよさそうな顔。それら全てが完全にあの世界に生きる10才の少年のそれだった。
最後に父親が死んだときの彼は、思ったほどひ弱ではなかった。それは父親が、一人でもこの世界で生きられるように、あえて現実を見せ厳しく生活していたからだろう。だけど心細かったことは変わりない。そこにガイ・ピアース演じる男の家族が現れたことで、まるで親の気持ちのように胸をなでおろしてしまった。
よくあるゾンビの世界や、文明が衰退した世界で生きる孤独な話など、どれも個人的には好きなテーマではある。それでもこの映画は、そういう贔屓目を差っぴいても、観るべき映画の1つだと思えた。
最近それほどいい映画に当たることがなく、昔の映画をひっぱりだしてきては観ていた。けれどこういう映画もあるから、観たことのない映画を探すのをやめられないなと思えたいい映画だった。

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