三人三様の人生が重なった、奇跡の「のりしろ」対談 - 佐野洋子対談集 人生のきほんの感想

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佐野洋子対談集 人生のきほん

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三人三様の人生が重なった、奇跡の「のりしろ」対談

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演出
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目次

成立するのかハラハラドキドキのW毒舌対談

 

一時期佐野洋子にはまり、エッセイを読みあさっていた。一流の悪口、とも評されていた口の悪さ。人をこきおろすことにかけては天下一品の佐野洋子だが、一本筋が通っていてかっこよかった。佐野がガンの宣告を受けたときからわかっていたことではあったが、亡くなられたことが本当に残念だったので、西原理恵子と対談した本が出ていると知ったときは嬉しくてたまらなかった。

 

西原理恵子も、私が尊敬する漫画家であり文筆家である。かわいい絵柄でありながら毒を含んだ内容の漫画で昔から笑わせてもらっていたが、長期連載となった『毎日かあさん』では、何度か涙があふれて止まらなくなったことがあった。

 

この二人の対談は果たして成立するのか?!というのが読む前にまず思ったことだ。本になっているからには成立しているのだろうが、毒舌で知られる佐野と、権威を恐れず物申すイメージのある西原。対談途中でケンカになったりしないだろうか…という心配は杞憂に終わった。

 

自分を曲げない佐野、体当たりの西原、互いのない部分を尊敬し合う二人

 

武蔵野美術大学の大先輩であり、世代を超えたロングセラーを持ち成功を収めている佐野は、西原にとってはまぶしい存在であるだろうと思っていた。なので西原が佐野に対し尊敬の念を抱くのは当然のことだろうが、それとは逆に、佐野が西原のことを「尊敬している」と言ったのには驚いた。西原の『まあじゃんほうろうき』を読んだことがあり、こんな度胸のすわった女はいないと思ったとか。

 私もその漫画は読んだことはあるが、負けても負けても麻雀をやり続けカモにされる姿に、「バカじゃないのか…」と思った覚えがあるので、佐野の受け取り方が意外だった。

自分は無欲で受け身であるという佐野にとって、体を張って貪欲にいろんなものを吸収していく西原は、自分にはないものを持った人間として、西原から見た佐野とはまた違った輝きを持っていたのかもしれない。

 

「再婚はしたいと思ってるんです」「やめな」、世代を超えた女子トークが楽しい!

 

異性の話で盛り上がるのは年齢、国籍を問わず万国共通。この二人が盛り上がったのも、やはり好みの男性などの話題。一緒に晩年を過ごせる人を探したい…と言う西原に「もう間に合わないよ」と言い放ちながら、その後で「再婚する気、ないの?」と聞いていたりする、佐野ならではの自由奔放トーク。

現在はCMでもお馴染みの高須クリニックの院長とパートナー関係にある西原だが、まだこの対談の時には院長と面識はあったものの、交際は始まっていなかった。もし佐野が、西原と高須クリニック院長の交際がメディアで取り上げられるようになったときにまだ存命であったら、どんなコメントをしただろう。にやっと笑って、「やるわね、西原さん」とでも言っていそうな気がする。

『東京タワー』と『シズコさん』、濃密と希薄、対照的な母子の関係

 

『東京タワー』を読んで、リリー・フランキーとその母親の親子関係がとても羨ましかったという佐野洋子。この対談は、佐野自身が希望して実現したという。

リリー・フランキーはイラストに文章に俳優業に…と、マルチな才能を見せる人物であるが、ここ数年は映画やCMでもよく顔を見るようになり、その独特の存在感、演技力は高く評価されている。

 

この対談の前に佐野は『シズコさん』という母親との確執とそれが解消されるまでを書いた本を出しているが、最後、母親が呆けていい人になるまで、母親に対してほとんど愛情を感じられなかったという。

『シズコさん』を読むと、佐野の母親に対する視線が冷ややかなことに驚くが、家事能力に長けていながら人間的にはどうかという母親の性格的な欠点も書かれていて、確かに、これでは愛情を持ちようがないかも…と、うなづけた。

 

一方、リリー・フランキーの母親は「理想の母親」。既に青年期を過ぎた息子を十代のときと同じように扱うなど、息子にとっては気恥ずかしい存在でもあったようだが、母子家庭状態で育った彼にとって、母親は唯一の近しい家族。失った時の悲しみ、喪失感の大きさは『東京タワー』に赤裸々に綴られているが、一方で、一番怖れていたことが終わったという安堵も覚えていたようだ。

 

共通する寄る辺なさ。故郷を失くした佐野と、故郷たる母を亡くしたリリーと

 

母親との関係は対照的な二人だが、共通するのは自分の中の核たる存在を失くした寄る辺なさだ。この「寄る辺」は、「帰るべき場所」と言い換えてもいい。

北京で生まれ小学校に上がる前くらいまでそこで暮らした佐野は、北京をきれいな町だったと言う。6月になると、アカシアの香りでむせ返るようになる北京。私も北京には15年ほど前に行ったことがある。あちこちで工事をしていて近代化が進んではいたが、きれいな町という印象は一切ない。

美しい北京の古い町並みはすでに過去の産物となり、佐野は故郷を喪失した。佐野はガンの宣告を受けるまでの十数年、うつ病に苦しめられたそうだが、それは自身の核たる故郷を喪失したことにも関係があったのかもしれない。

 

そして故郷と言える場所はあるものの、本来ならその故郷で迎えてくれる人、失うことを最も怖れていたという母親を亡くしたリリー・フランキーも、佐野と同じく自身の帰るべき場所を喪失した人だ。

彼の場合は、その寄る辺なさがとらえどころのない雰囲気となってにじみ出して、それが役者としての味わいを深めているように見える。

 

まだまだ続いてほしかった対談。人は自然に死んでいくもの

 

二回を予定していたリリー・フランキーとの対談は、二回目の予定が決まらないまま、佐野が亡くなったことで実現不可能となった。対談時の様子を見ると、佐野は医者に宣告された余命期間を過ぎて、自分はまだまだ生きると思っていたのではないだろうか。

本の最終ページ、リリー・フランキーと西原理恵子がそれぞれの画風で描いた佐野洋子の絵を見ると、それだけで泣きそうになる。

生きることは素晴らしいが、死ぬことも自然なことと言った佐野洋子。長きに渡り多くの人に感動を与えた『100万回生きたねこ』の作者は、作品中のねこと同じように、幸せに死んだのだと思う。

毒舌とユーモアに満ちた佐野のエッセイが新たに刊行されることはないが、彼女が残した数々の作品は、その輝きを失うことなく、私たちに平凡な人生が本当は得難く尊いものだということを教えてくれている。

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