大統領すり替えという斬新なサスペンス - 失われた顔の感想

理解が深まる小説レビューサイト

小説レビュー数 3,368件

失われた顔

2.502.50
文章力
2.50
ストーリー
2.50
キャラクター
2.50
設定
2.50
演出
2.50
感想数
1
読んだ人
1

大統領すり替えという斬新なサスペンス

2.52.5
文章力
2.5
ストーリー
2.5
キャラクター
2.5
設定
2.5
演出
2.5

目次

イブが一番つらかった頃の物語

この「失われた顔」は、イブ・ダンカンシリーズの第1作目である。後に「顔のない狩人」「爆風」と続くのだけど、それらに共通して出てくるイブの一番つらい人生の部分が書かれている。
既にボニーは殺されてしまっている。何も話そうとしないまま死刑にされようとする犯人フレイザーに、自分の本来の意思とは別に死刑執行延期の願いを出そうとするイブの心中がつらすぎて、そのような身を切られるような描写でこの物語は始まる。
他の殺された子どもの親は、フレイザーの死刑をなぜ延期しようとするのかとイブに詰め寄る。当然その気持ちもわかりすぎるほどわかる。だけど殺された子どもがどこに埋められたのか、それを知らないで済ませるわけにもいかないというイブも気持ちもよくわかるので、この場合はどちらも悪くないと思った。ただ切なすぎる場面ではあった。
3作を通してイブに寄り添うジョーは、ここでも保護者のようにイブに寄り添っていた。この1作目ではイブとジョーの出会いは書かれていなかったけれど、3作以降にも続くイブ・ダンカンシリーズにもしかしたら詳しく書かれているのかもしれない。しかし1作目で既に彼らは兄妹のような絶ちがたい絆で結ばれていたので、このあたりの話を知りたいと少し物足りなさを感じてしまった。
とはいえ、サスペンス要素もロマンス要素もたくさん盛り込まれているこの作品は、アイリス・ジョハンセンらしくページを留める余裕もなく一気に読ませる力を持っている。
ただこの3作の中では一番その力が弱いような気にもさせられた。

強引に、しかも紳士的に支配しようとするローガン

この作品では初めてローガンが登場する。自分が抱えている陰謀説を証明しようとイブを巻き込むのだけど、ここでも「顔のない狩人」や「爆風」でサラを巻き込んだような、いささか強引で手腕を選ばない態度を見せている。どれも富豪のローガンらしくお金と権力に糸目をつけない方法だったけれど、どれもこれも嫌味がないのが不思議だ。それらの原動力はすべてローガンが必死で力を貸してくれないと困るという純粋な気持ちからきたものだからだろうけれど、本当ならお金や権力にもの言わせ相手を巻き込もうとする態度はえてして卑しいもののように映ることが多い。しかしローガンのこれらの態度は、一切そうは見えずただ内心の悲壮さのみを感じる。これは個人的にローガンを気に入っているからこのように好意的に見てしまうからかもしれないが、そうではない奥深さもあるように思った。
ともあれその手段でイブを味方につけたローガンは、自身の陰謀説をイブに伝え、共に行動していく。その陰謀説はありそうでなかったような説で、現大統領が影武者がその位置にすりかわったと言うものだ。大統領本人よりも顔だけが似ている一般人のほうが周囲が扱いやすいからという理由だろうけど、その陰謀説はとてもスリリングな展開だった。
ただ今まで読んだアイリス・ジョハンセンシリーズの中では、大統領暗殺などのサスペンス要素がとても強い割に登場人物たちの行動の動機やその描写が少し弱く、ちょっと状況が頭に入りにくいのが難点だった。
だからローガンがどうしてこのような陰謀を抱くに至ったのかが分からず、なのにスピーディなストーリー展開のせいで分からないまま読み進めてしまった。
もしかしたらもう一度読み直したらそのあたりのことがよく分かってくるのかもしれない。

悪人のはずが悪人にも思えなかったリサ

ファーストレディとしてそつのない行動をとっていたリサだけど、同時に陰で暗躍している人物でもある。元々は本当の夫である大統領の夢を全うするという目的はあったと思う。しかしガン末期だった彼を安楽死させてまでその夢を追い求める必要があったのかどうか、それは最後までわからなかった。彼女がやっていることはかなり卑劣なことなのだけど、その卑劣な行動にはリサ自身巻き込まれて抗いようがなかったような愛ゆえの哀しさが感じられる。ティムウィックはじめ他のものたちのリサにも計画外だった行動に、リサにもそれは止められなくなってしまったのかもしれない。だからこそフィスクを丸め込みうまく自分の下で直接働かせようと試みたり、直接イブに電話をしてきたりしたのだろう。もともと夫のためにという愛情があったからこそリサ自身が始めたこれが、ハッピーエンドで終わることはないだろうと彼女自身も確信している。そして終わらせるためには最早殺人もいとわない。愛ゆえか権力ゆえか、固執してしまうとこうなってしまうのかと、逆に憐れみさえ感じさせた。
とはいえ、自分の目的のために殺人まで犯してしまったリサたちに同情はもちろんできない。できないけれど、なにかしら哀しさと憐れみを覚えさせる登場人物だった。
そしてこのことはただ冷酷な殺人者であることよりもストーリーに深みを与えているようにも思えた。

アイリス・ジョハンセンのロマンスのパターン

アイリス・ジョハンセンシリーズのロマンスにはある程度パターンが見受けられる。女性は過去に傷を持ち、それに負けずに自身を磨き、強くあろうとするのだけど、見え隠れする脆さや弱さに周囲の男性が保護欲をかきたてられ…といったものだ。シドニィ・シェルダンにもよく似たパターンが感じられるが(不幸な子ども時代をバネに社会的に大成功するような)、このロマンスとしてはベタともいえる鉄板の展開には毎回惹きつけられてしまう。さすがにハーレクイン小説のようなリアリティのないお姫様物語までいってしまうとすっと冷静になってしまうが、アイリス・ジョハンセンシリーズにはそれほどではないほどほどの、でも女性ならでは誰しも憧れてしまうロマンスが満載だ。
イブは過去に娘を殺されるという過去を持ちながらも悲しみに飲み込まれずに、むしろその怒りを糧にしたかのような勤勉ぶりを見せ、複顔彫刻家という地位を手に入れる。怒りと強さを鎧のように身につけながらも、ふとしたときに崩れ落ちそうな脆さがローガンやジョーの保護欲をたかぶらせ、イブを特別な存在にさせている。イブの、世話を焼かれながらも「お断りよ」と頑なにまで強気な姿勢を崩さないところは時々いらいらもするが、女性はお人形のように弱くはないというアイリス・ジョハンセンの理想の女性像がそこにあるのかもしれない。

ロマンスとサスペンスのバランスの悪さ

この「失われた顔」は「スワンの怒り」のようなサスペンスとロマンスの両方のバランスのいい作品とは違い、ロマンスよりもサスペンス要素のほうが強く感じられる仕上がりとなっている。それはこの後に続く「顔のない狩人」「爆風」とも少し違っている。だからサスペンスストーリーのほうに重きが置いてあるため、イブとローガンが恋に落ちた様子があまり感じられなかった。にもかかわらず、サスペンスの描写も風呂敷を広げすぎた感があるため、時々展開がわかりにくいところもあり、ロマンスにしてもサスペンスにしてもどちらも消化不良感を残す読後感があった。
この作品で一番つらかったのはジョーとダイアンの結婚生活の破綻の予感だ。イブとジョーとの間のつながりに目をつぶりながらも結婚生活を続けようとしたダイアンの心はこれ以上ためることができないくらい哀しみをためこんでいた。それがここで爆発するのも当たり前のことだろう。イブにとってはジョーはなくてはならない大切な存在だろうけど、ダイアンにとってイブは嫉妬と恨みと哀しみの対象でしかないと思う。よく家族ぐるみでつきあいができたと感心するくらいだ。
そのダイアンのつらさを棚にあげて、イブの母サンドラはジョーが撃たれたときにダイアンにひどく睨まれたくらいで愚痴をはいている。ダイアンの気持ちを想像するくらいのこともできないのかと、サンドラに対して怒りがわいた。そもそもこの母親はあまりに利己的で好きではない登場人物だ。
また別の作品でジョーとイブとの出会い、そしてダイアンと結婚するまでのストーリーなどが書かれているかもしれない。次はそちらの方も読んでみたいなと思った。なにかしらダイアンの気持ちをもっと知りたいと思った。
この作品は、「失われた顔」「爆風」に比べたらストーリーの波はあまり少ないけれど、スピーディに一気に読める上に登場人物たちのことをもっと知りたいと思わせる、シリーズ第一作目としては申し分のない作品なのかもしれない。

あなたも感想を書いてみませんか?
レビューンは、作品についての理解を深めることをコンセプトとしたレビューサイトです。
コンテンツをもっと楽しむための考察レビューを書けるレビュアーを大歓迎しています。
会員登録して感想を書く(無料)

関連するタグ

失われた顔を読んだ人はこんな小説も読んでいます

失われた顔が好きな人におすすめの小説

ページの先頭へ