物凄い筆力。 - I'm sorry,mama.の感想

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I'm sorry,mama.

5.005.00
文章力
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ストーリー
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キャラクター
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演出
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感想数
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読んだ人
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物凄い筆力。

5.05.0
文章力
5.0
ストーリー
4.5
キャラクター
5.0
設定
5.0
演出
5.0

目次

ここまでの内容とは。

物凄い物語です。この本は、夏休みに旅行に出かけた時にホテルのプールサイドで読もうと思って持っていきました。桐野夏生先生の小説の大ファンで、新刊が出たら内容を見ずに買っていたので、題名からは内容が想像しにくく、まさかこんなにヘヴィーな内容だとは思わず、真夏の太陽がさんさんと照るリゾートホテルのプールサイドで読むには物凄くギャップの内容で、しかも読みだすと内容が凄すぎてページを繰る手が止まらず、結局、プールサイドでひたすら、最後まで一日読みふけってしまいました。薄い本だったのであっという間に読んでしまいましたが、薄い本でも面白くなかったらなかなか進まないものです。しかも、薄い本なのに、内容はウルトラ級のヘヴィーさです。でも、桐野夏生先生の小説が、軽い内容で、軽いタッチの作品である訳無いよな・・・とも読んでから思いました。笑。桐野先生の小説はいつも、彼女の全身全霊から注ぎ込まれるような魂が入った小説が多いと常日ごろから感じています。その反面、主人公には作者の感情移入があまり入らず、突き放し、遠くから客観的に書いているで、主人公が一人歩きしている感じ。今回の主人公のアイ子はまさにそんな桐野夏生作品の主人公の中でも、最も突き放されたキャラクターであると感じました。

心の暗部、悪意、そして邪悪の誕生。

この物語の主人公はアイ子となっていますが、主格となっているのは海菊屋こと、隠れ売春宿の「ヌカルミハウス」です。アイ子は娼婦の誰かが産み捨てていった子供として、出生届も戸籍も持たず、この世に存在しない子供として生を受け、年齢が分からないまま実は13歳から小学校に通い出していたのです。売春宿の人達からいじめられ、母親も父親も知らず、その後は施設で育ちそこでもいじめられ、さげすまれる。そして、彼女は人を人とも思わない殺人鬼に成長していく・・・。ここまで書くと、彼女の生い立ちが可哀想だと感じる人がいるでしょう。実際、そうなのですが、現実に彼女のような生い立ちの人がこの小説の中のような連続殺人を犯した場合、世間ではどう思うでしょう?これには2パターンあると思います。「生い立ちを憎まず、罪を憎む。そういう状況に追い込んだ両親なりが悪い。」多分、四分の一位の人はそう思うかもしれません。よくTVの討論会などでも出演者のこの位の人がそう意見してるのを聞きます。でも、大多数は、「どんな生い立ちであろうと、殺人は殺人。同じ生い立ちであろうと、真っ当な精神で育ち立派に生きている人達はいるし、むしろ、その方が多い。」私はいつも後者の考えです。それはこの小説を読んだ後でも変わりません。でも、この小説には最後にまたもう一つ大きな事柄が潜んでいました。父親は刑務所を脱獄した11人の犯罪者集団であるという事。

邪悪の煮詰めに煮詰めたエッセンスがお前の根源だ。

という、実の母からの告白。そして、そこに母性愛が無かったのか?と問うアイ子に、母性愛は幻想。楽になる為に自分に暗示したもの・・・だという実の娼婦の母の言葉。これがこの物語で一番衝撃な部分でした。人が人を殺してしまう背景の裏には、一体どれだけの事が渦巻いているんだろう?この本を読んだ一番の感想がこれでした。この主人公は今巷に蔓延している、”人を殺してみたかった”症候群的なものとも違い、ただ、’嫌いだから’”邪魔だから”と言ってどんどん殺していくのです。生い立ち、発育環境、そしてこの本ではDNAもちらついています。他には精神疾患などもあるでしょう。どれも頷ける部分があり、また頷けない部分もあります。決して理由は一つでは無いからでしょう。人が人を殺すという、とてつもなく大きな一線を超える瞬間。それは人によっては軽く超えられ、同じ事をしても決して軽くはなかった場合と、これも経験の無い者、しかもこれから一生そんな機会が無い人の方が多数ですから、理解しようと思っても、裁こうと思っても、それは不可能なのではないか?と、また、この本を読んで思うようになりました。その果てには死刑制度というものも横たわっていると思います。とても難しい問題です。

エンターテイメントとしてのサイド。

とまあ、かなりレビューもヘヴィなものになり、色々と考えてしまいますが、この小説のエンターテイメントとしてのサイドの面白さは、そのヌカルミハウスに大なり小なり関わった人達、登場人物達のサイドストーリーの面白さと、ヌカルミハウスに絡んでいく謎解きの面白さです。これはもう絶妙に上手い。読んでいて、ほう!そうだったのか!と何度もうなづいたり、声に出したりしました。周囲の人はさぞかし変な人だと思ったでしょう。推理小説を多数読んでいる私でも、想像しなかった真実がラストに向けてどんどん出てくる。でも、一番面白い部分が、その告白は真実なのか?という部分なんですね。もう本当に桐野夏生先生には脱帽です。こうして最後に読者に結末をゆだねる、後はどう思おうとあなたの勝手です・・・と妄想を投げつけられる感じが私は好きです。読後ももんもんと自分の妄想が広がりますから。それを桐野夏生先生が本当に意図されて書かれたのかどうかは分かりませんが・・・。

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