赤ん坊の時から闇と沈黙の世界で生きてきた獣のような少女に、言葉の存在を教えた奇跡の教師アニー・サリバンを描いた 「奇跡の人」 - 奇跡の人の感想

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赤ん坊の時から闇と沈黙の世界で生きてきた獣のような少女に、言葉の存在を教えた奇跡の教師アニー・サリバンを描いた 「奇跡の人」

4.54.5
映像
4.5
脚本
4.5
キャスト
5.0
音楽
4.5
演出
4.5

アーサー・ペン監督の「奇跡の人」における"奇跡の人"とは、「見えず・聞こえず・喋れない」という三重苦を背負いながら、立派な人になったヘレン・ケラー女史のことではなく、彼女に言葉というものを教え、知性を与えたアニー・サリバン先生のことなのです。

この映画は、赤ん坊の目が見えていないこと、何も聞こえていないことに気付いた母親が、叫び声をあげるプロローグに続いて「ミラクル・ワーカー」というタイトルが出る。「奇跡のような仕事をした人」という意味なのだろうと思う。

赤ん坊の時から闇と沈黙の世界で生きてきた獣のような少女に、言葉の存在を教えた奇跡の教師なのだ。光と音を奪われた世界に育つとは、いったい、どういうことなのだろう。想像もできない世界だ。触る、舐める、嗅ぐ------、触覚と嗅覚のみで生きられるのだろうか。人は人であることの多くを、見ることと聞くことに依存している。それは、知ることにつながり、学び、他者とのコミュニケーションを成立させる。

闇と沈黙の世界で生きるヘレン・ケラーをどう演じるか、「奇跡の人」に対する興味はそこに集中しがちで、映画「奇跡の人」でもパティ・デュークが見事に演じ、天才少女ともてはやされ人気も高まり、アカデミー助演女優賞も受賞した。しかし、この「奇跡の人」を見ると、私の心に深く刻み込まれるのは、アニー・サリバンの人生であり、彼女の強い生き方なのだ。彼女の妥協をしない信念が、ヘレン・ケラーを、劇中で何度も使われる"発掘"したのだとわかる。まさに「ミラクル・ワーカー」なのだ。

この物語は、盲学校の生徒だった若きアニー・サリバンが、ヘレン・ケラーの家庭教師として雇われるところから動き出す。長い長い列車の旅をして、アニーは南部の田舎町に降り立つのだった。そこで出迎えたのはヘレンの腹違いの兄のジミーだが、その名前を聞いたアニーは「弟と同じ名前だわ」と口にする。

彼女の頭から去らないのは弟のことだ。弟の思い出が彼女を支配している。脚の悪い弟ジミーと目の見えなかったアニーは施設で育ったが、盲学校で学びたいと向上心に燃えるアニーは、見学に来た理事に直訴する。「いっちゃいやだ、アニー」と泣くジミーをおいて彼女は、自分の意志を貫くが、しばらくして弟は死んでしまう。不幸のうちに死んだ弟への思いが彼女を強くしているのだ。いや、意固地なまでの生き方になっているのだ。

その後、手術を繰り返し、今は少し目が見えるようになっているアニーは、弟への負い目やみじめに育ったことの記憶をバネにして、世間と闘ってきたのだ。自分の信念を曲げず、妥協しない生き方をしてきたのだ。

それはヘレンに対してもそうだ。不憫な子だ、可哀想な子だと、甘やかし続けてきた両親を相手に、自分の教え方を貫こうとする。本能のままに生きてきたようなヘレンをテーブルに向かい、椅子に腰を降ろしスプーンで食事させるために、アニーは奮闘する。とにかく、アニーは諦めない。そして、体力の限りを尽くすのだ。

生まれ育った家にいては限界があると考えたアニーは、両親と談判し、森の狩猟小屋にヘレンと籠る。2週間だけという約束だ。両親には強く請け負ったアニーだが、ひとりになった時、つい弱音を吐いてしまう。揺り椅子で眠ったアニーは、施設で死んだ弟が安置室にいる夢を見てしまうのだった-------。

2週間後、両親がヘレンを取り戻しにやって来る。ヘレンは躾けられ、両親は満足する。だが「理解のない服従は盲目と同じです」とアニーは言い、ヘレンが何も理解せず服従しているだけだと言い切るのだった。その時、父親の言葉に答えたアニーの強さが、実に印象的だ。「神も完璧は望まれない」「私は望みます」-------。

アニーは、獣のように生きてきたヘレンに、物には全て名前があること、それが言葉で表されていることを理解させたいのだ。アニーは言う。「言葉の存在が死さえ越える。五千年前のこともわかる。全てのことがわかる」と。

彼女は、向上心に燃えて己の知性を磨き、知識を蓄積し、弟の死という悲しみを乗り越えてきたのだ。自分の生きる意味を考え理解し、信念を持ち、みじめな生い立ちであり障害を持つが故により強く、真剣に生きている。彼女は、ヘレンにもそうであって欲しいと願うのだ。強く願うのだ。心の底から願うのだ。

やがて、あのあまりにも有名な井戸のシーンがやってくる。指文字を遊びとしかわかっていなかったヘレンが「ウォーター」という言葉を理解し、様々なものを手で叩いてアニーに指文字を催促する。ヘレンを抱きしめる母親を指文字で「マザー」と教えるのだ。そして、ヘレンがアニーに近づき、やさしい仕草でアニーを人差指でつつく。「あなたは誰?」とヘレンは聞いているのだ。「ティーチャー」とアニーはゆっくり指文字でヘレンに語りかけるのだった-------。

その夜、寝ようとするヘレンを抱きしめたアニーは「あなたを愛している」とつぶやく。二人は教え教えられる関係だが、ヘレンの存在がアニーを救ったのだ。アニーは弟への負の思いから、その呪縛から解き放たれたのだ。

そんな複雑な思いを繊細で、深みのある演技を披露したアン・バンクロフトが、アカデミー賞をはじめ、その年の数々の映画賞で主演女優賞を総なめにしたのは当然だろう。

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