陽光も眩しいエジプトのエキゾチズムと1930年代へのノスタルジィに満ちた、華やかでロマンティックな本格推理映画 「ナイル殺人事件」
ミステリーの女王アガサ・クリスティーは、映画「ナイル殺人事件」の原作小説「ナイルに死す」の前書きで、次のように述べている。「探偵小説が逃避的文学だとするなら、読者はこの作品で、ひとときを、犯罪の世界に逃れるばかりでなく、南国の陽射しとナイルの青い水の国に逃れてもいただけるわけです」と-------。
「タワーリング・インフェルノ」のジョン・ギラーミン監督による「ナイル殺人事件」映画化は、アガサ・クリスティーのこの言葉が、実は原作以上にピッタリあてはまる一篇となっていると思う。英国のEMI製作者たちは、前作の「オリエント急行殺人事件」の体験で、クリスティー映画化のツボを勉強し尽くしたのに違いない。
推理小説としての出来栄えは、客観的にみて、「オリエント急行殺人事件」よりも若干シマラナイ、といわなければならない「ナイル殺人事件」を用いて、彼らEMI製作者たちは、同じ趣向のオールスター本格推理映画では、ある面では、「オリエント急行殺人事件」より、ずっと華やかなでロマンティックな、そしてにぎやかな娯楽映画に仕上げていると思う。
この作品には、陽光も眩しいエジプトのエキゾチズムと、1930年代へのノスタルジィと、"フーダニット"、つまり、誰が殺したかの知的な推理興味と、次に何が起こるかの、サスペンス的な力量感とが緻密な組み立てで、カラフルな織物を紡ぎ出すのだ。大仕掛けなスペクタクルシーンもないこの作品は、「オリエント急行殺人事件」の5倍もの製作費をかけたという、その織りの質感。
この「ナイル殺人事件」の興行的な成功は、"ズームアップ主義"の徹底にあったとも言えるかもしれない。役者では、いちばん肝心な名推理を働かせる、灰色の脳細胞を持つポワロ探偵役に、文句なくうまいピーター・ユスティノフを据え、最も重要な役どころにミア・ファローを置いたのが、まず成功している。看板であるエジプトの景観は、前半に撮影の名手ジャック・カーディフのカメラが、ロケーションを眩しいまでに繰り広げ、後半は、実質的な推理ドラマを、一種の密室である船内ひとつに集中させてしまう。
それも実際の船を200万ドルかけて改装した豪華遊覧船の統一したイメージの中で。そして、物語の重点は、本格推理物では離れ業的な成功とまで評価されたクリスティーのロマンスづくりの側面をこそ強く盛り上げるといった、"重点強調方式"なのだ。映画「オリエント急行殺人事件」が、面白く豪華ではあったけれど、スター競演集みたいな横広がりの散漫さもおおえなかったのに、この作品がきびきびとまとまりのついた一篇になれたのは、まさにこの点の整理の緩急であったと思う。しかも、それをクリスティーの原作をかなり忠実に再生する形でやってのけたところに、ジョン・ギラーミン監督の演出上の意地があると思う。
イギリスの田舎に、広壮な館を手に入れた名門の富豪の娘リネット。当時、後にボンドガールとなり騒がれることになるロイス・チャイルズが、花の咲いたような官能美での登場だ。彼女は、自分のエゴがどれほど周囲を傷つけているのか、それすら気づかないほど気のいい娘なのだといっていい。この女王の邸へ、親友のフランス娘ジャクリーン(ミア・ファロー)が走り込んできて叫ぶ。「リネット、私、婚約したわ! お願い、私の素敵な彼をこのお邸の管理人にしてあげて!」、「いいわ」と親切に答えながら、リネットは、その当の青年サイモン(サイモン・マッコーキンデル)の美貌にひと目触れたとたん、彼を自分の恋人に召し上げてしまう傲慢さ。
ピラミッドやスフィンクスに遊ぶ恋の二人の前には、いたるところに、頬を青白くひきつらせたジャクリーンが立ち現れるのだった。しかも、彼女は、ひたすら恨めし気に二人を見つめるのみである。この役がミア・ファローとは、何とまあうってつけのキャスティングであることか。
恋の二人が、アスワンからナイルを遡る遊覧船ヘハネムーン旅行で乗り込むまでの前段は、この船の同乗客が、いずれも、ジャクリーンと似たりよったり。どんなむごい仕打ちでリネットから傷つけられてきたか、いわば殺しの"動機所有者"揃いであることの紹介部分である。
そして、恋人を奪われたジャクリーンばかりではない。メイドのルイーズ(ジェーン・バーキン)は、親切ごかしに結婚を妨害されている。金持ちの老婦人バン・スカイラー(ベット・デービス)は、リネットの首にある大真珠のネックレスが、死んでも欲しい。彼女のマッサージ師バウアーズ(マギー・スミス)は、父親がリネットに破滅させられた。官能女流作家サロメ(アンジェラ・ランズベリー)は、モデル問題でリネットに訴えられている。そして、彼女の娘ロザリー(オリヴィア・ハッセー)は、何とか母を救いたい一心だ。
このロザリーに想いを寄せるファーガスン(ジョン・フィンチ)は、ブルジョワ抹殺論をふりかざす左翼的な過激青年。そして、アメリカからあたふた船に駆けつけたペニントン(ジョージ・ケネディ)は、リネットに財産を他へ動かされては窮地に陥る管財人である。
そして、ついにある深夜、月明かりのナイル上で、寝室のリネットが、こめかみを黒く焦がした短銃射殺死体で発見された時、ポワロ名探偵と英国情報機関員レイス大佐(デーヴィッド・二ヴン)の前には、全ての船客が、殺人容疑者として並ぶていたらくだ。
しかも、このドラマのダイナミックな目玉は、この犯罪の直前、嫉妬と怨念で度を失ったジャクリーンが、我を忘れてサイモンの膝頭を撃ってしまう大騒ぎにある。痛さに、血まみれで七転八倒するサイモン。昂奮で狂乱状態のジャクリーン。人々が二人をシッカと取り押さえてる状況の中で、リネットの死がわかり、しかも、まだ犯行の幕は降りはしないのだ。そして、翌晩は、死んだ女主人以外誰とも関連のないはずの美人のメイド、ジェーン・バーキンが喉をかき斬られ、次いで、何と探偵や大佐、サイモンの目の前で、官能作家サロメが、額の真ん中をぶち抜かれるのだ。
単に座り込んだ探偵が、過去の犯罪を解いてみせるだけではない。「これから」何が起こり続けるか、大いにサスペンスの気ももたせながら、流血のショック場面なども次々とつるべうちしてくるサービス精神が、なかなか工夫していると思う。
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