誰もが美しく、自分勝手に生きていく
三国志の登場人物に新たな血肉を与えた!!
かもしれない作品です。様々なゲームやマンガにより、三国志という誰もが(ただしオタクに限る)が登場人物とキャラについて知っていたであろう作品ですが、蒼天航路はそれを踏襲したわけでもなくあえて違うキャラ設定をしたわけでもなく、もっともっと魅力的に進化させたように思います。
そもそも三国志演義は歴史書でなく蜀よりの物語なので、なんとなく誰もが主人公:劉備というイメージを持っていた三国志ですが(これまた劉備が主人公にふさわしいキャラクターなもので)、魏の曹操が主人公というのは当時は珍しかったはずです。余談ですが、連載当時、中国人の先生と三国志の話になった時に誰が好きかと問われ「曹操」と答えたところ、「あいつは悪いやつだがいいのか」と言われたので、中国でもおそらく同じだと思われます(サンプルがたった一人)。
一般的なキャラのイメージを私の偏見で語りますと、曹操→頭はいいけどやなやつ、劉備→人格者、袁紹→血筋はいいけど無能、董卓→ただの暴君、呂布→力は強いが愚か者、孔明→超かしこい、みたいな感じだと思います。途中悪口みたいになってますがあくまで偏見です。
しかし、蒼天の曹操は本当に無邪気で人間らしいです。もちろん残酷な一面は残したまま。そしてこの作品で、ただの善人でない劉備を初めて見ました。でもとにかく器が大きいです。どこまでも入る嚢、と言ってましたが本当に器が大きいです。そして、個人的にもともと好きだった袁紹も、ただの無能な人ではなく、王道を行こうとした人の美しさと表現されてたのもとても嬉しかったですし、董卓が単なる暴君ではなく、本当に魅力的に、単純に言うとかっこよく描かれていたのも衝撃でした。
そして、何よりイメージが変わったのは呂布です。呂布こそ、呂布の自分の器を超えてしまうような強さを「自分の美しさを持て余す美女」と曹操に言わしめた、この衝撃はすごかったです。孔明については、天才が一周して変態になっています。
蒼天航路にものすごい善人も悪人も出てきません。ただ、血肉があり生きてる人物ばかり出てきます。困ったことに、出てくる人全員を好きになってしまいます。誰もが自分勝手に懸命に生き、間違いを犯します。人を傷つけ、裏切ります。でも、それも含めた人間同士の営みが美しく、感動するのです。
三国志好きには、魏、呉、蜀それぞれの派閥があると思いますが、個人的にはどの派閥の人も楽しめるマンガだと思います。孔明のみ好き嫌いが分かれるかもしれません。
声に出して読みたい日本語
日本語、と言っていいのでしょうか、いいんです日本のマンガなので。
生きている人物から発せられる言葉は説得力があります。そして、蒼天航路の世界とは程遠い生活を送っている人でも使えます。
「我一人呂布なり」天才呂布様の言葉です。この一言で呂布の強さも矜持も、そして誰にも理解されぬ孤独さも、一気に伝わります。私は残業してるときによくこれを言ってました。心得た同僚が「自分の仕事を持て余す美女……」と返事をしてくれました。
「「要は」って言うな」孫権の名言ですね。これは日常生活にも気に留めておくべきものだと思います。なんでも省略するな、と。問題を簡単にするな、と。
「兵卒の夏侯惇です」これはセリフではなく状況のかっこよさですね。どんな状況でも腐ることなく受け入れてそこで立派に生きていく。さりとて卑屈にもなったりせず、あくまでプライドを保ったままというところが最高にかっこよかったです。しかし夏侯惇はすべてがかっこよすぎて隙がないのであまり話が盛り上がれません。
「ごめん」曹操が鄒氏と懇ろになったせいで(ざっくりしすぎた説明)、義理の息子曹昂を亡くした丁夫人への一言です。自分の勝手な行動で大事な息子を亡くしたのにこのさわやかな笑顔の「ごめん」。おまえにとっては実の息子だろ!という感じなのに清々しい顔をされたら許すしかない……と思いきや、丁夫人は普通に離婚しました。そりゃ許されるわけないのか。しかし、これが蒼天航路LINEスタンプに選ばれてないのが納得いきません。汎用性は高いだろうに……。少なくとも「減点2!!」よりは使えたと思います。
「おまえを穢したい!」孔明が泣きながら発した謎セリフ。ではありますが、人道的な面から曹操の非を説くよりよほど謎の説得力があったのも事実です。良い意味でも悪い意味でも傲慢だった曹操の心に己を刻み付けようとした一言。まあ孔明が天才だから許される言葉で日常で凡人には使えませんね。ちょっとした変態になってしまいます。そしてこの孔明をしても「私は穢された」って結局穢されたんかい、と思いました。
死に際はキャラの最高の名場面
物語において、登場人物が亡くなることは非常に悲しいことなのですが、蒼天航路においてはそれだけではありません。最高の見せ場であり、名場面です。物語上、よく人が死ぬのですが武将の死に際はかっこよく、華々しく描かれています。夏侯淵のとこなんて何度読んだかわかりません……。ただ、私が一番印象に残っているのは、荀彧の最期です。天才で、無邪気で曹操に可愛がられた軍師の最期としては悲しすぎます。荀彧が曹操を裏切ったわけでもなく、曹操が荀彧を裏切ったわけでもなく、ただ相容れなかったというにも複雑な関係になってしまいました。曹操が荀彧に何を伝えようとしたかはわかりませんし、荀彧が本当に死のうとしたかもわかりません(睡眠薬を多量摂取と長く眠る、っていう言葉では自殺の気がしてしまいますが)。でも、最期はあれでよかったんだと思うしかありませんでした。
どの人物も志を全うして死ぬことができたわけではありません。それぞれの人生を生き、晩節を汚したと言われる人もいます。蒼天航路の人物でも悲惨な死に方をした人もたくさんいます。でも誰もが、自分の生を全うしたと、はっきり思える最期を迎えたとだけは断言できます。
主人公である曹操は、乱世の奸雄とも語られた人にはそぐわず、穏やかな最期です。あとに残す妻妾の処遇を細やかに伝えたりもします。そして、亡くなった時に出てきたのは最初に曹操が愛した女性の水晶でした。何の思惑もなかったころの恋愛が美しい、と言ってしまうにはあまりに陳腐ですが、美しく寂しく、でも幸せなラストでした。蒼天航路特有の涙(キラキラしている)が私の目からも零れました。
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