過去の侍が現代を見たらどう思うか?素直に興味深い作品 - 満月の感想

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満月

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過去の侍が現代を見たらどう思うか?素直に興味深い作品

4.54.5
文章力
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ストーリー
4.5
キャラクター
4.5
設定
5.0
演出
4.5

目次

過去の人が現代を見たらどうリアクションするか?

漫画にしろ映画、ドラマにしろ、現代人が過去にタイムトリップしてしまう作品はかなりある。戦国自衛隊や、信長協奏曲、王家の紋章などが挙げられるが、その逆に、過去の人が現代に来てしまったという設定の作品は意外に少ないように思う。すぐ挙げろと言われても、この満月か、ドラえもんで辛うじてのび太の子孫や江戸時代の殿様がうっかり現代に来てしまった事例くらいしか思い浮かばない。

現代の人間は過去をある程度学習しているパターンが多いが、過去の人間は全く未来を知りえずやってくる。満月の杉坂小弥太重則も、訳も分からず現代(と言っても、舞台は昭和50年代)に来てしまったという、それだけでもリアクションが楽しめる作品である。

過去にタイムトリップしてしまう作品は、史実の登場人物を著者のイメージや作品都合で性格付けしてしまったり、史実を歪曲した表現も見られるので、忠実な歴史物を好む人には好き嫌いが分かれてしまいそうである。しかし、いてもおかしくない過去の架空の武士が、現代に来たという設定は、史実の登場人物のイメージをぶち壊すことがないのは有難い。

満月でも、重きを置かれているのは主人公まりと、武士小弥太の1年限りの恋物語のようにも思えるが、未来を知ってしまった武士が過去の痕跡を追い求めて菩提寺の過去帳を見たり、まりが教師をしている中学校で剣道を教える姿などは、フィクションなのにリアリティがある。

ファンタジー物には珍しく、読む人を選ばない小説だと言える。

1991年には実写映画化された

この作品は1991年に実写映画化されており、映画がきっかけでこの作品を読んだ人もいるだろうし、元々原作を知っていたから映画を見たという人もいるだろうと思う。

主人公の野平まりは、原作では昭和30年代の生まれなので、原作では現代風ながらもどこか一昔前の古風な女性を思わせる面もあるが、映画が公開されたのがバブル期だったせいか、映画ではバブル期の女性にも共感できるような構成になっている。原作ありきの映画はどうしても尺の関係でエピソードが端折られたり、改変されてしまうものだが、現代の設定が10年ほど違うにもかかわらず、原作の瑞々しさは映画に劣らない。

1991年という時代は、アッシー、メッシーなどといってお金がある男性に貢いでもらうことがステイタスになっていた。それなのにもかかわらず、この映画、この小説が受け入れられたのは、あまりに堅物な武士と今風な女性の純愛が、斬新に感じられた点が挙げられる。また、男性を召使のように扱っていた恋愛の風潮の中、男性の方が圧倒的に社会的地位もプライドも高かった時代の武士という杉坂小弥太重則の男らしさが、やっぱり男らしい男っていい!と女性に衝撃を与えた作品でもあった。

日本語について考えさせられた作品

原作をリアルタイムに発売と同時に読んだ世代は違和感を感じなかったかもしれないが、映画でこの作品を知ってから小説を読んだ人は、主人公まりが比較的おてんばな気質の割に、古風な言葉を使うことにカルチャーショックを受けそうである。例えば、野平まりが同居している祖母、貞子のことを刀自という言い方をしたりするのは、この本で知ったという若者も多かったのではと察する。

結果的には、祖母貞子が古き習慣に詳しく、礼儀作法に口やかましい人であったために、武士の小弥太は野平家での生活においてはあまり不便を感じていなかったようだし、ラッキーだったと言えよう。

実際、300年も前の武士が現代に現れた場合、概ね日本語であるとはいえ言葉が通じるのかという問題もある。発音の仕方、表記の仕方だけでも、明治から第二次世界大戦後の間だけでも目まぐるしく変わってしまっているからだ。小弥太と比較的会話がスムースなのは、小説の演出上都合よく作られている部分ではあると思う。しかし、小弥太が新聞を読んで、何となく書いてあることはわかると言っているシーンや、外来語の意味が分からず野平まりに聞くシーン、小弥太のお武家言葉に周囲が違和感を感じるシーンなどは、歴史と共に言葉が変わり、同時に残された文化の中で過去の人間であっても自分のいた時代の痕跡を見つけられる点においては、フィクションであっても感慨深い。

純愛だからこそ感慨深い

一夫多妻制の武士であったろうと思われる杉坂小弥太であるが、まりに惹かれつつもなかなか堅物で、二人はなまめかしい関係というには全編通じて程遠いと言える。もちろん、恋愛感情は間違いなくあるのだが、絶対に引き裂かれてしまう時代の違う人間であることや、小弥太にいたっては既婚者である後ろめたさなどもあり、煮え切らないのだ。最後は命がけで小弥太がまりを守り、同時に永遠の別れが待っているが、下手なラブシーンより胸を締め付けられるような別れの辛さがある。

杉坂小弥太には不倫をするような軽はずみな男になってほしくないと思う一方で、正妻とは別に現代で一年だけまりと共に育んだ気持ちも、また真実の愛情であったと、相手が既婚男性なのにこんなにすがすがしく描かれている恋愛も珍しい。時代が違う人間という設定のせいか、不潔さのかけらもないのだ。昭和50年代から30年経った今は、スマートフォンなど当時よりさらに杉坂小弥太が驚く機器が登場し、時代が目まぐるしい変化を遂げたが、人間の恋愛感情や切なさは余りかわらないと、この小説を通じて感じるのである。

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