すべてを燃やされたからリセットされるのか
神の意志か人間の意志か
表紙に騙された人、たくさんいるだろう?私もその1人。かわいらしい子たちが登場する、ほんわか系の漫画だと思ったのに…まさかの壮大アクションバトル!ドォルズってかわいいお人形さんじゃないのか?冒頭で匡平が日々乃に告白してラブラブするのかと思ったのに、完全にバトル漫画だった。あのエレベーターの中での首はね事件は相当なインパクトを持っていた。
物語は、案山子という巨大な式神とそれを操る人間同士の争いを描いている。空守村の特殊な森の木から創られる案山子は、隻という村の人間によってのみ操ることができ、人間には難しい重労働な作業を手伝ってもらったりしていたという。しかし、隻は選ばれた人間しかなることができず、案山子が人間を選ぶ。それによって優劣ができ、小さな村の中で血生臭い争いも起きてきた。
もはや、操る神が望んだ村の崩壊なのではないかとすら思えてくる。窮屈な世界で、その中だけで栄華を誇り生き続けていくことは、安心だけれど可能性を狭めることだ。そう気づくには、周囲とのつながりが薄すぎる。やはり、人の数だけ考え方があるのだし、外の世界を見ようとしないことはいい事とは言えないだろう。その点では、匡平にはやはり強い意志があったのだと言える。逃げたとも言えるが、飛び立ったと言えるのだ。だからこそ、匡平の中に眠る力の大きさに惹かれる村人がいたっておかしくない。みんな匡平ラブなんだ。
お前の行く処などこの国のどこにもありはせんのに…
って言ってみたいだけでしょ?そう自分に言い聞かせちゃってるんでしょ?村の老人たちよ。もはやこんな崩壊をたどってしまったことは、腐ったものをリセットしようとする、神様の意志だったのかもしれない。人が案山子を操っているかに見えて、案山子、つまりは神様にコントロールされた末路だった可能性もあるだろう。
案山子が何を基準に人を選ぶか
心を共にする人間は案山子が選ぶ。ククリは匡平を選び、クラミツハは阿幾を選んだ。子ども時代のエピソードから考えてみても、やはりかなり強く力を求めることが選択のポイントになっているようだ。阿幾に関して言えば、一時期アツシに取られたのは、まだその時点で強く欲することができていなかったから。妾の子として迫害を受けてきた阿幾には、失うものも欲しいものもなかった。だけど…匡平がいたから。強烈な強さを見せつけた匡平がいたから、匡平とわかりあいたかったから、阿幾はクラミツハを手にできたんだよね。クラミツハの由来は血の生まれだから、闘うことを求めたと思うんだ。犬はもちろん大事な存在だったと思うけど、きっかけに過ぎない。根本は“匡平”なんだよね、阿幾。
ククリは、もともと正当な血筋で匡平のものだった。だけど、阿幾と決裂し、瀬能先生を失って、彼はククリを手放す。ククリから捨てられたわけじゃないけど、詩緒という別の後継者もいたし、簡単だった。でも運命はそうさせてくれない。阿幾が匡平を、クラミツハが争いを求める。阿幾は匡平と生きたかったと思う。だけどもうそれはできないと、頭のいい彼はわかっていて、敢えて匡平と決別することで本当の匡平を引き出そうとする。それに抗って、本当の自分が何なのかを悩み苦しむ匡平。見どころはここなのよ。詩緒とかじゃないのよ。
ククリも剣だからね。最後に阿幾を倒すため、詩緒のもとを去って匡平に協力する。詩緒を巻き込まないために…的な描写でしたが、個人的には、強い求めのある元に戻るって感じがするんだよ。クラミツハと違ってずいぶんと優しい剣だけれど、ククリも神の御意志を宿しているような気がするわけ。
あの女許すまじ
阿幾と匡平の間に強烈な亀裂をいれた元凶である瀬能先生。私は彼女を絶対に許したくないね。本当に悲しく、自分勝手な人間。こんな人にはなりたくない…!
父子家庭の父親と関係してしまったからっていいじゃない。別に不倫だったわけじゃない。男と女として愉しんだことは悪くないんだよ。問題は情事を父親の小学生の息子に見られたことだけじゃない。そこからどう行動したか、ということなんだよ。何が子どもに責められているような気がして…だよ。いや、別にいいんだって。そこから逃げずに全部引き受けますって言ってやるくらいのことしろよ!って話だよ。残されたその父親も、子どもも、どうしたらいいかわからないじゃん。
そしてさらには、山奥の空守村の学校に左遷されて授業を真面目にやるのでなく、阿幾を求める。自分を責めるような目が、問題になったときの子どもの目と同じだから…どうしてそうなるの?!阿幾が欲したわけじゃない。あんたのせいで阿幾も匡平も…!村八分な自分と重ねるなと言いたい。
また、これだけは言いたいが、阿幾はあんたを助けに行ったんじゃない。大切な犬の仕返しに行ったんだよ。瀬能先生を見てくれたわけじゃない!匡平は見てたけど!あんたは見てなかった…!悲しい女。絶対に同情なんかしない。
もちろん、関われなかった匡平が誰より悲しく、辛かっただろう。真実を知らされても、助けることも、どうすることもできなかった自分に。そして暴走してしまった自分に。自分の中に眠っている記憶と真実が、自分の信じたものとは違っていて…っていう演出は相当おもしろいよね。
阿幾の言葉に恋を感じる
隻はいつしか案山子を操る最強の戦士みたいなものになっていた。アマテラスを封じた匡平の力に惚れた隻たち。恐れた人間たち。神の力を奪わせたのは、神だったのか、人間だったのか…?特殊で強力な力を持つということは、諸刃の剣なんだろう。
阿幾のこの言葉は、まさに告白だよね。
二人でなら、ここでもやれたと思わないか?
自分を対等に見てくれた匡平に、感謝し、尊敬しているからこそ、強い匡平のままでいてほしかったんだと思うよ。そして、何もない世界で阿幾が唯一欲しいと思ったモノだった。もしかしたら、闘わずにいる方法もあったかもしれない。あの女さえいなかったら。だけど、そうすると阿幾はクラミツハに選ばれなかったかもしれない。闘うことによってしか、殺しあうことでしか、本気で対等にはいられなかった…こんな悲しいことってないわー…
完全なるストーカーだったわけだけど、もっとずっとさかのぼって、阿幾がまっとうな扱いを受けて匡平たちと暮らすことができていたら、話は絶対違っていたはず。すべては、腐った村人たちの罪。そして、それを罰したのが神だったんじゃないだろうか。
ラストはもはや見たくない
案山子がなくなってしまったことも、森が燃えて、村が燃えて、全部だめになったことはもはやよかった。だけど、阿幾が死ぬしかなかったことが悲しくて悲しくて…殺人もたくさんやったから、生きる術がなかったのかもしれないけれど、匡平を分かり合えるのがそこだけなんて、どんだけ…悲しい思いをさせるんだ…!このラストが見えてきてからはもう読むのをやめたくなったよね。匡平が生きてて、阿幾がどこかで生きてて…それだけでよかったのになって、悔しいわ。結局は阿幾も、あの村に囚われて生きていたんだと思う。早くに匡平と村を出れていたらよかったんだ。
匡平と日々乃の恋がうまくいってよかったね、なんて絶対言えない。嫌すぎる。匡平と阿幾でBLとかでいいよ!悲しすぎる!阿幾が悪として扱われることに納得がいかない。そのため、フィナーレは感動ではなく残念感が満載だった。
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