マレフィセントを幸せにしてくれてありがとう
ステファンの罪
もうね、オーロラ姫の父親を呪うしかないよこれは。妖精の少女だったマレフィセントと心通わせた貧しい少年ステファン。「真実の愛」とかぶっこいてキスをプレゼントした彼を、もう許せなくなる。様々な陰謀が渦巻いたせいではあるが、大切な女と王様のイスを天秤にかけて、王となることを選んでしまったステファンには本気で絶句する。こうやって罪なき女の子たちが泣かされていくんだ!
「マレフィセントを倒した者に国を譲る」と言った王様。そしてステファンはそれを成し遂げようとマレフィセントを殺しにかかる。でも、殺せはしない。しょせん人の死を踏み台にできるほどの勇気なんて持ち合わせていなかったのだ。そこでやめておけばいいのに、マレフィセントが眠っている間に翼をもぎとるという奇行に走る。…愚かな。そしてマレフィセントにとって殺されるより残酷だったことだろう。翼なしには飛ぶこともできない。なのに、生き続けなければならない。私を騙し捨てた男の姿を見続けながら…。復讐してやりたいと思う気持ち、わかるよ。まさかオーロラ姫が狙われたそのかげに、これだけ深いものが込められていたなんて…後付けかもしれないが、よくできたストーリーだったと思う。そして「真実の愛のキス」でなければ目覚めない呪い、というのは、まさしく自分がステファンにされた嘘の愛のキスの皮肉なのである。真実の愛なんてどこにもないのだから、オーロラ姫が目覚めることはないということだ。
真実の愛などない
それでもね、ステファンじゃなくてオーロラ姫を狙ったことについては、いろいろ意味があると思う。その人自身に復讐してやりたいなら、そもそもステファンを殺してやればよかっただろう。なのにできなかった。それはマレフィセントが彼をほんの一握りでも愛している気持ちがあったからなんじゃないのかな。
もしかしたら、ステファンに生きながらずっと苦しまなければならないものを与えたくて、わざわざオーロラ姫を狙ってやったことなのかもしれない。呪いが16歳まで猶予があるのも、その年数分ずっと苦しむようにしたかったからなのかも。それでも、なんかそれだけじゃない気がするんだよ。マレフィセントは愛情に深い妖精だった。だから、呪いをかけたその年数の間は、マレフィセントはステファンの意識の中にあり続ける。それが憎悪でもなんでも。そのほうが、マレフィセントにとっては嬉しいことなのではないだろうか。
殺すチャンスはいつだってあったはず。それをわざわざ遠くで見守っていたのは、彼女に勇気がなかったから?愛していたから?最も苦しむ方法を探していたから…?敢えてその方法を選んだのは、16年という時間をかけて、自分の中でも踏ん切りをつけようとしたからこそであるように感じられる。真実の愛などない、という自分の答えが果たして正解だったか。それを見つけるために、彼女はステファン、オーロラから目を背けず向き合おうとしたのではないだろうか。
オーロラを見守る
マレフィセントは、「子どもなんて あんたなんて嫌いよ」って言う。でも笑顔を向けてくれるオーロラを、マレフィセントはただ見守って、そばにい続けた。オーロラが16歳になったら死ぬと思っている3人の魔法使いたちは、育てるのが無駄なんじゃないの?的に教育を放棄しているところがあったが、マレフィセントは助けることもした。それが果たしてなぜなのか、マレフィセント自身もわからない。だけど、オーロラはマレフィセントにとって唯一、自分の存在を認めてくれる人だったのだ。
成長したオーロラとマレフィセントは初めて面と向かって出会い、澄んだ心を持っていたオーロラはマレフィセントを慕う。ずっと見守ってくれていたのはあなただったんだ、と喜ぶのだ。これの胸の痛い事と言ったらもうね…マレフィセントはもはや魔法を解いてあげたくなってしまったけれど、誰も解けない呪いにしてしまったから自分でも解けないっていうショッキングな事態になっていた。そうこうしているうちに16歳の誕生日が近づいて、マレフィセントが呪いをかけた張本人であることがばれて、もうどうしようもない。マレフィセントは自分でまいてしまったもので、自分自身を深く傷つけることになっていた。
マレフィセントはオーロラが恋に落ちたフィリップにキスをさせたけれど、呪いはとけなくて、「ほらやっぱり真実の愛なんてないじゃない」って言ってる姿がもう切なくて。本当は、誰よりもマレフィセントがそれを信じたかったんだなって思えたよ。心の中でずっと、そうであってほしいと願ってきたんだなって。
子が母を助けるように
「眠れる森の美女」の中では、王子のキスでオーロラ姫は目覚めたことになっている。それが、実はマレフィセント自身のキスのおかげだったなんて…。まさかの百合疑惑?と思ったけれど、よくよく考えてみたらそうじゃない。ここで言いたかったのは、マレフィセントがオーロラ姫に抱いた気持ちが、種類は違えど「真実の愛」であるということだ。恋人慕うのと同じくらい、親が子を慕う愛もきっと真実なのだ。マレフィセントにとって、ステファンの子であるオーロラは、憎くもあり愛すべき人の子ども。そして汚れなく、マレフィセント自身を見つめてくれた唯一の人。そんなオーロラに抱いたこの気持ちは、親が子を思う愛情であり、そして友だちとしての愛情でもあるのだろう。オーロラが健やかに育ってくれたのは、闇にまみれていたマレフィセントが、オーロラを闇にまみれさせたくないと思って導いたからに他ならない。
一度はマレフィセントを拒絶したオーロラも、父親であるステファンの行った悪事を知り、マレフィセントを救い出す。あなたは私の大切な人…親が子を想うのと同じように、子どもだって親を想う。そばにいたいと思う。そしてまさかのオーロラが世界統合・平和な世界の女王に立つという、実にビッグな結末を迎える。マレフィセントを生かすだけじゃなく、マレフィセントが苦しんだ妖精と人との確執すらも取り去ってくれた彼女。…これはもう愛だわ。真実の愛以外の何ものでもない。
誰よりも愛情深いからこそ
憎んだはずの相手を、いつの間にか愛してしまったマレフィセント。映画を観れば、彼女がいかに純粋だったかがよくわかると思うし、何より、主題歌の「Once Upon a Dream」の歌詞の意味を考えたら、マレフィセントがどんな人物かってことがよくわかるはずだ。自分も後から気づいたことなんだが、びっくりした。
And I know it’s true that visions are seldom what they seem
But if I know you, I know what you’ll do
You’ll love me at once, the way you did once upon a dream…
夢みるほどに、愛を求めていたんだなー…って。この曲は、本来の「眠れる森の美女」の中でも明るい曲として使われていたので、マレフィセント用に暗く編集されていたわけだけど、マレフィセントの気持ちでこの歌詞を読んだらもうね…全然意味が違うんだ。これってやっぱりマレフィセントの本当に考えられていた気持ちを歌ったものだったのかな?って思うくらいぴったりだよね。後付けだとしても、元から考えられていたものだったとしても、恐れ入ったわディズニー。実写版シンデレラとかより全然マレフィセントのほうが好みだわ。
何らかの明るいストーリーがあるとき、その裏にいくつの暗いお話があるだろう。そのすべてに目を配っていられるほど人は強くはないけれど、こんなふうに真実の愛はどこにでも芽生えるものであることを知っておくことは、大切なことではないだろうか。
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