現在と未来を行き来し世界を救う物語
PSYRENの意味
時は2008年。けっこう最近だね。ケンカばかりをしている高校生夜科アゲハは、人助けのため1万円でいろいろな面倒ごとを引き受けるバイトをして稼いでいた。それでいて今の暮らし、世界、自分自身に諦めのような気持ちも抱いており、今さえよければあとはどうでもいい。むしろ壊れないのかとすら考えていた。そんな彼のもとに、「PSYREN」と書かれた赤いテレホンカードが届く。それは今までの常識を覆す、命をかけたバトルの始まりだった…
冒頭のアゲハが抱いている気持ち、すごくタイムリーで正直な気持ちなんじゃないかなーって思いましたね。今の若い人たちは、全部を知り尽くした・世界は完成しきったような感覚に陥っていて、自分たち自身の目で確認する必要もない毎日に辟易している。戦争がすべてじゃない。犯罪がすべてじゃない。ただ何となく生きていく道が確かにあるくらいには、日本は平和ボケしている。それをストレートに言ってくれた気がして、妙にすげーなって感心しちゃったんですよね。
サイレンの意味を考えてみると、行動することのない現代の人間の静けさだったり、すぐそこの未来である2018年には世界は崩壊し、静まり返っているということも表現されている気がしますね。そして、未来と現代を行き来できるということを誰にも知られてはいけないという静けさも。そして、世界崩壊の時が迫っているということを知らせる、サイレンのような公衆電話のベル。静けさ、そしてそれをぶち壊す警報。物語を読み進めていくと、この2つの意味が浮かび上がってきます。
何の変哲もなかった人物が最強になるロマン
主人公のアゲハは、そこそこケンカが強かったとしても、ただの凡人。何の能力があるわけでもありません。それが、クラスメイトの雨宮を追いかけてサイレンの世界に飛び込み、自分自身と向き合って強くなっていく。PSYの力は、サイレン世界の大気を吸えば感染して覚醒を始めます。これはなかなか新しいですよね。主人公が突出していない。むしろヒロインが突出していた…もちろんどの能力が秀でるのかはその個体によって異なっているのですが、力の発動は平等な感じ。そこから地道な特訓もしているし、ことは大ごとなんですが、いい設定だと思いますね。一足飛びに覚醒することがないことは、「努力」が必要であるということを示してくれているし、そこに至る「決意」があるかどうかが試されていることがよくわかります。最終的に、そういう努力と決意を重ねて、アゲハは最強になっていきます。好感の持てることの運びですね。
もとからアゲハはとても優しい性格で、雨宮のことを助けようとサイレン世界に飛び込んだほど。いやー性格がワルなのかいい奴なのか、少し曖昧なところが逆にいい気がするんですよ。敵を敵として平気で叩き潰すし、雨宮のために一生懸命で、迷いが少ない。あれだけ今の世界の矛盾を憂いていながら、人情を持ち合わせているという懐の深さ。母親との死別を乗り越えた彼だからこそ、人を大事にしようとする精神がある…そんな気がしました。
ゲームは世界崩壊を食い止める戦いへ
よくあるサバイバルゲームにおいては、クリアしたものは登場しないことがほとんど。しかしこの漫画ではサイレン世界と現代を行き来し、テレホンカードのメモリ50を使い切った人物が登場します。それが祭さんたち。サイレン世界が未来であると知り、何とかそれを食い止められないかと探っている人物です。ただゲームをクリアするという道があるんだ…という驚きがありますよね。
何度も繰り返して、真実を見つけようとグレゴリ7号さんは(彼女からすれば)過去の人間を使ってきた。それもうーん…ずいぶんとひどいなー…という気はします…この人にいたっては、純粋にゲームを楽しんでいるところがあったしね…
このゲームのことを口外すればネメシスQに殺されるので、関係者以外には知らせることもできない…こんな命がけのゲームを、クリアした人たちは誰にも誇れず、PSYの能力すら持て余すんですよ?なんてこった。そこで後進の育成に時間を当てる、というのは非常に現実的。命の危機に直面して、未来のために必要なことを考えるわけですよね。なんて堅実的。
現代においてもPSYの能力は使える、ということや、自然にPSYの能力に目覚めた者も存在するという点がなかなかない発想だし、そういう人物とグレゴリの実験体のみなさんを比較して、本来であれば分かり合えたはず…という感情に持っていくのがうまいなーと思いました。アゲハたちからしてみれば、未来を救いたいのなら、世界崩壊の根本を叩かなければいけないわけです。そして弥勒たちにしてみれば、こんなくだらない傲慢な人間の実験のせいで自分たちは狂わされたけれど、その悲しみすらも利用されて、結局隕石ぶつけられて消されようとしているんだと知れば、もうアゲハと弥勒たちは協力すべきなんですよ。同じ能力を持つ同志として。
バトルシーンは爽快
戦いは完璧に能力メイン。身体能力がどうとかじゃないです。バースト、トランス、ライズを駆使し、W.I.S.Eやタヴーたちとの戦いを繰り広げていきます。そりゃーもう一番かっこいいのはアゲハのバーストの能力ですよ。ブラックホール感が出てて、未知の雰囲気がある。ワルっぽい雰囲気を残していることで、アゲハらしい能力になっているんじゃないでしょうか。チカラの使い過ぎで鼻血が出るのはなんかダサかったから、そこは嫌だったな…
しかし、イルミナス・フォージを受けたメンバーは太陽光で消滅するっていう設定…案外と弱くない?って思ってしまった。あれだけものすごい能力を持っていながら、太陽には勝てんという…せつない。やはり地球は太陽あってこその惑星やからね。そこらへん優劣を感じるわ。
パラレルワールドとなる
最終的に、アゲハは未来を救った。そして植物人間になります。それを今度はサイレン世界の人たちがテレパシーで救ってくれるというあったかさ。素敵でした。同じ時間軸にあったはずのものは、パラレルワールドとなった。はてさて、現代からもうサイレン世界へは行くことができないのか…?パラレルワールドになったわけだし、心置きなく行き来しちゃうのもいいのになー…なんてことも考えました。未来で弥勒は死んじゃってるけど、現代のどこかでは生きているっぽいし、そういうの、ちょっと嬉しかったりもします。消えてさよならじゃないですから。
そりゃーじゃーどこに恨みのはけ口をぶつけたらいいの?って思ってしまう人もいると思いますよ?現に、W.I.S.Eはあまりに多くの人を殺しました。自分たちの認められない世界は悪だとして。ミスラのせいでもあるけど、それは逃れられない事実なわけです。そのあたり、果たして簡単に共闘させて良かったのかとか、いろいろ意見はあると思いますね~ウロボロスから地球を守ることができたことで、帳消しになるようなもんでもないですし。
ラストが駆け足だったことで、打ち切りだなんだと言われているこの作品ですが、物語の複雑さや謎解き、最終的なオチどころまでちゃんと語ってから終わってくれたので、よかったんじゃないかなーって思います。アゲハと雨宮さんもうまくいってよかったなー…後日談で、能力者である彼らにできる仕事をやっている、というのもよかった。心からやりたいと思えること、大事にしたいと思うことを仕事にできている気がするよ。第1話のアゲハでは考えられなかったことができている、ということを言いたいのでしょうね。
アゲハのイラストも相当素敵でしたし、楽しい漫画でした。全部をひっくり返されるような出来事を前にして、何を選ぶのか。そういうことを真剣に考えたくなる物語です。
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