感動する涙じゃなくただただつらい涙が出る物語
逞の気持ち
逞には重い心臓病がある。それでも子どもの頃は、大好きな繭とずっと一緒にいられると信じて疑わなかった。退院して、大人になって、繭と結婚する。子どもながらに約束して、それはきっと叶うと思ってた…
この物語、本当に涙が出ます。苦しく、そして重いお話です。ただ、最後にきっと希望があると信じて最後まで読み進めましたね。逞が20歳まで生きられない。それを知ってしまったときの知り方が本当に残酷だった。もちろんね、いいお医者さんだっているんだよ。だけど、あんな言い方ってありえます?医療の世界では死も常に隣り合わせ。感覚の麻痺した医療人ってたくさんいます。宣告されているかどうかってちゃんと確認しろよ…!!漫画だから許されるのかもしれないけど、リアルだったら大問題です…。まだ12歳だよ?
僕は死ぬんだ。だから、繭が泣かないように離れたい。そうして全寮制の中学校へ受験することを決めた逞。両親にとってすれば、せっかく病院を退院して一緒に暮らせるようになったのに、また6年も離れていくなんて…って悲しいよね。だけど、もっともっと、逞は傷ついたんだよ。ずっと嘘をつかれていたこと。何も知らずに繭と幸せになれると信じてしまっていたこと。繭が知らないところで泣いていたこと…繭との交際に反対するのも、許すのも、どちらを選んでも残酷な気がして忍びなかった。逞が両親や繭から離れようとして「一生の思い出に」という言葉を使うことも、お互いが一番傷つく言葉であり、それを敢えて用いることで苦しさが倍増されています。
不覚にも、一番自然に涙が出てしまったのは、寮室で寝ているとき、寝言で
繭 ごめん 俺 死んじゃうんだって
と、涙を流しながら言っているシーン。でもね、繭から離れようと突き放しても、本当は違うんだってこと、律くんが知ってくれたことは本当にうれしかったですよ。こんなにも理解してくれる人間がいたら、幸せですよね。どんなに長く生きていても、そういう大切な人に出会えない人はいるんだよ。ずっと逃げてきた逞が前を向けたのは、やっぱり律くんたちの支えがあったからでしょう。
繭の気持ち
逞が20歳まで生きられないと知った繭。それから逞を守ろうと決めたし、一生懸命がんばっている逞に負けないように強くなろうとしてきました。もともと気の強い繭が、容姿端麗頭脳明晰になり、高嶺の花のような人になっていく。誰かの死を目の前にして、がんばることをやめる人もいれば、立ち向かおうとがんばる人もいる。2人がとても若く、逞には繭しか、繭には逞しか見えていないことがよくわかりますし、だからこそお互いがお互いを理解しようとこれだけ一生懸命になれたんだと思います。
父親を逞と同じ心臓病で亡くした昴さま&律くん兄弟。横恋慕は恋愛漫画のお決まりですけど、心臓病にからめてこれだけ重苦しい設定をよくつくりあげたなーと思います。昴さまは健康だし、20歳越えても生きていける人。誰より、死の痛みが分かる人。その人と逞の間で揺れ動きながら、逞のことを決して裏切らない繭は素敵でした。
僕妹のときもそうだったけど、早熟なエロスを包み隠さず出すのが青木先生に特徴的ですよね。でも、この2人に限ってはやっぱりだいぶおあずけ状態でした。そりゃそうですよね…。照ちゃんの亡くなり方といい、昴さまのことといい、青木先生らしく不安な展開もたくさん見せてくれましたが、比較的ドロドロではない、美しさというか、純粋さを感じられると思います。だからこそ、うまくいってほしいと願わずにはいられなかった。
周囲の目・家族の目
病気を持つ息子を持つ家族、長くは生きられないと言われている相手に恋をする娘を持つ家族、お互いが好き合っているのに離れていこうとするもどかしさを感じる友だち、そして傷つくくらいなら離れてほしいと思う想い人…いろいろな人たちがいましたし、いろいろなものにさらされてきました。傷つく割合のほうが多かったかもしれない。でも、みんなが「傷つかないように」どうにかしようとしてくれた。当事者たちは迷惑だったこともあっただろうと思いますが、これだけみんなに想われて、愛されて、この2人がどれだけ幸せだろうかと思いますよ。
死んでいくかもしれない人が恋をするって、すごいことなんじゃないかなーと思います。諦めないで、立ち向かっていこうとするとき、恋は必ず原動力になってくれる。だから、親に止められてしまったことは本当に悲しかったし、息子のためを思っているのか、自分たちのためを思っているのかがわからなくなりましたよ。親だってね、病気を持った息子を愛してきたし、助けてきた自負がある。いっぱい悩んで、悲しんできたと思う。だけど、一番悲しいのは誰か。それをよく考えて、何を選択するかを考えてほしいものだなと思いました。みんな決して悪い人なんかじゃない。だからこそ、もっともっと深く、本人の気持ちに寄り添う必要があると思います。常に逞と繭の視点ですからね。難しいんですけど、「死」をテーマにしたとき、残されるであろう家族と逞の関係が、もっと深く語られてもよかった気がします。
友だちは最高でしたね。律くん、結衣ちゃん。同年代だからこそ、一緒に暮らしているからこそ、たくさん考えて、悩んで、そばにいようとするんだよね。
心臓移植を受け入れなかったことについて
ここは本当にターニングポイントになっていて。昴さまが繭とデートに出かけたとき事故に遭ったことが脳死の原因になっているし、逞はそんな昴さまの心臓を受け入れることができませんでした。昴さまの気持ちを知っていたし、こうなってしまった原因が少なからず自分にあることも感じているし、自分だけが助かるなんてことになったら、律くんや家族はいったいどんな気持ちになるだろうって…あーーーよくここまでシリアス・残酷な展開が思いつくよね…ただ逞が死ぬかどうかってところだけじゃないんですもん。ここまで関係を複雑に描き、もう身動きがとれないようなどん底まで行きます。せっかく逞と繭が気持ちを確かめ合ったというのに…
繭もね、この決断を選んだ逞を絶対に責められないんですよ。事故に遭ったのは繭と昴さまであり、そうなってしまったことに無関係とはいえない。幸せになりたいのに、幸せになることが許されない気がしてしまう。ここで昴さまの心臓が逞に引き継がれて、2人分の愛情を持って生きていく…みたいなエンドだってあったかもしれない。だけど、簡単に選べるものじゃない。もちろん、移植手術自体のリスクもあるんです。心臓移植がそんなに甘いものではないということを想い知らされた気がします。
ただし、ドナーの情報が筒抜けなのはおかしい。どん底の演出にはだいぶ効きましたが、そんなことしたら大問題なのではないでしょうかね…。そのへん突っ込んでもしかたないか。
どうか生きていて
最終的に、新たな手術を受けて生き残れる方にかけた逞と繭。ラストで生きていたのか亡くなってしまったのかが分からぬまま、物語は幕を閉じます。死亡フラグが超濃厚です…遺書という名の手紙の中に、逞の気持ちが詰め込まれていました。それを語って回想シーンのように終わっていきます。物議をかもしたこの展開ですが、私は生きていると思っておきたいですね。迷ってぶつかって、それでも生きようとした逞の夢が、1つでも叶っていると信じておかないと、とてもじゃないけどやりきれません。
敢えてこんな終わり方にしたのは、最後まで読者に「死」について考えてもらうためなのではないかな、とも思います。ずーっと苦しく、余韻もまた苦しい物語でしたが、読んでよかったと思えた人が多かったからこそ、映画化されたりしているのでしょうね。
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