どこにも気持ちの行き場がない苦しみの漫画
残酷な運命を前に正直にはなれない
とにかく、この漫画は悲しさばかり。嬉しさは本当に少なくて、それがちょっと出てきただけで感動はするんだけど、トータルで苦しさが勝ってしまう。そんな物語である。
逞には病気がある。重い心臓病で、小さなころから入退院を繰り返してきた。入院していても、主治医の娘である繭がそばにいてくれて、いつも遊んでくれた。病気は治るって先生は言っていたし、がんばってお注射も我慢して、病気を治して繭と結婚したい。それだけを願っていた。
こういう病気が絡んだ漫画は本当にやりきれないというか、誰のせいにもできないものだと思う。本来は。だけど、この作品の中では、逞が20歳まで生きることはできないということを、安易に伝えてしまった修学旅行先の医者、そして主治医でありながら、簡単に嘘をついてしまった医者、逞への申し訳なさ・自分たちの失敗であるかのように感じてしまった両親たちなど、たくさんの人の言葉と行動に振り回されて、犠牲になったとも言える。まだ12歳だった子どもに、たくさんの大人たちが諦めと悲しみの気持ちだけを向ける。こんな嫌な生き方、本当にしたくない。逞が、すべてから離れて生きようとしたこと、ちょっと違った意味で理解できる。繭を泣かせないために離れたいってのは本心なのだろうけど、「俺は何のために生きているんだろう…」って気持ちのほうが大きくなっちゃったのだろうと思う。繭も知ってたんだ…っていうのがつらかっただろうから。
親だって医者だって、逞のことを可哀そうだと思っていて、どう接することが彼にとって一番いいことなのか、ずっと悩んでいたんだと思う。それを本人に見せるわけにもいかないし、精一杯強がって、笑顔を嘘をつくんだろうな…優しい嘘か、傷つける嘘か。優しい逞は、自分が迷惑をかけているのかな…っていう思考になっていて、ますます何も言えなくなってしまう。
ただね、ベッドでしくしく泣いているくらいなら、その想い、全部繭にぶつけてしまうくらいでよかったんだよ。正直に生きることが、正しくないかもしれないなんて、考える必要はない。一生懸命、その時を生きればいいんだって答えにたどり着くまで、本当に長い道のりだった。
私が彼を救うから
繭の心意気はとても立派で、強い繭には読者も惚れた。逞が20歳まで生きられないなんて嘘だ、自分が逞を守るんだ!ってがんばった繭。もともと性格的に気が強かったし、努力しまくって成績も優秀・見た目も美しく成長していった繭。逞にはそれが余計にまぶしくて、カッコ良くて、自分なんかが繭の隣にいたら迷惑がかかる…とかごちゃごちゃめんどくさいことを考えて、繭を傷つける言葉を吐いた。そこで引き下がらないのが繭なんだけどね。
繭の前に現れた別の男。昴は、父親を心臓病で失っているからこそ、死が決まっている人間と付き合うことはただつらいだけだと諭してくる。どちらかと言えば、最初は繭が好きだったんじゃない。わざわざ傷つこうとする繭・死にゆく逞に自分たち家族の形を重ねて、勝手につらくなって話しかけてきた。そんな哀れな男だった。でも、繭を知り、好きになり、自分を見てほしいと思ってせつない表情をする昴は、なかなかにイケメンで、いい奴なんだよな…って思わせてくれた。ただ、そこで揺らいでしまうほど、繭の逞への想いは半端じゃない。危ないときもあったけど、裏切らない繭が本当にカッコいい。
ただ大好きなのに、繭が好きすぎて正直になれない逞。もうこの心苦しさといったらハンパなくて、何も責められなくて、でも続きが気になって読んでしまうっていう…作者の青木さんらしく、ドロドロと、純粋さと、言葉で表現しきれない部分の表現がたっぷりだ。
家族だからこそ
長くは生きられない相手と恋をする。それは、親からしてみれば大事な娘が苦しい思いをするんじゃないかって心配だろうけど、実際、この恋があって繭はここまで素敵な女子になったと思うんだよ。きちんとわかったうえで、立ち向かおうとしたことを、むしろ褒めてやらないといけないと思う。別に繭は知らなかったわけじゃなくて、知っていてもなお逞を助けたいって思ってくれた。その気持ちが間違っているなんて、誰が言えるんだろう。ただ遠ざけて、悲しみを受けないようにすることは、逃げているだけ。大人たちがそれに気づくまで、本当に長い時間がかかったなーと思う。
長くは生きられないかもしれない息子が恋をした。それは悲しい事じゃなくて、嬉しい事だろう?死ぬその時まで、好きな人がそばにいてくれるかもしれないんだもの。相手の人に悪いとかじゃなくて、そのとき一生懸命想いあえる相手と一緒にいるって、それだけでいいじゃん。「傷つかないように」守ることが、その人を成長させることとは限らない。そんな気持ちにさせてくれた。
ただ、確かに2人は家族から愛されていた。これだけは間違いない。愛されているからこそ、大事にされる。友達も、繭と逞の事を大事にしてくれていたからこそ、支えてくれた。この気持ちだけは偽りがないもの。律、結衣、昴も含めて、たくさん悩んでくれたこと。何よりも財産だろうなと感じる。
もしかしたら
昴が脳死状態になったとき、心臓移植を受けていたら。逞は助かっていただろうか?昴がドナー登録をしていたってのもまたすごいこと。父親の事、逞の事、考えていないはずがないし、昴って本当にいい奴だったんだな…って涙が出た。
だけど、逞は昴の心臓を受け入れない。繭への気持ちを知っていて、彼の命を引き継ぐことが俺だけの幸せにつながっている気がして、受け入れられない。しかも、繭とのデート中の事故で失われた命。どうやったって昴はやりきれない気持ちだったはず…どんだけ優しいんですか。チャンスなのに、受け入れることが苦しみにしかならないなんて、これほどのシチュエーションをよくつくりあげるよね。もしかしたら、繭も責任を感じて、逞を愛し続けることが苦しくなるかもしれない。そんなことまで考える逞には、もうなんて言葉をかけていいのかわからないよね…。
っていうか、なんでそんな簡単にドナー情報がばれるんだよ。そこの病院どうなってんだよ!セキュリティが甘すぎる!相手が昴だって知らなかったら、逞は心臓移植を受けたと思う。知っているから受けれないんだよ。…こんな病院があるの?ってそっちに怒り心頭。
逞の決断を責められない繭。だって事故に遭って繭が生きて昴が死んだ。それだけでもうどうしたらいいかわからないんじゃん。逞と幸せになりたい。それだけなのに、もはやそれは許されない気すらする。昴の心臓を受け継いでハッピーエンドになる道だってあったかもしれない。だけど、そんな簡単に決めれるほど、人の命は軽くない。
死んでいるなんて思いたくない
心臓移植ではない、新しい手術を受けて、成功することに命運をかけた逞と繭。ラストでは、逞の遺書が読まれて、回想で子どもがいる感じの…嫌な終わりだった。逞が生きているのか、死んでいるのかわからず、“遺書”っていうくらいだから逞は死んじゃったんだってほうが濃厚で。映画でも逞はいなくなったことになっていた。これがどうにも許せなくて、逞が死んじゃった後に繭が幸せになれたのか、逞が生き残ってみんながハッピーになれたのか、どちらも描かないなんて…逃げられた、と思わざるを得ない。
ただ生きたい。そう願った逞の想い。繭と両想いになれたから、あとは叶わなくてもいいのか?やりきれなさすぎて、悲しすぎて…後味は釈然としない。
ただ、こういう病気などの重いテーマを扱うとき、簡単に決断できる・解決されるほうがリアリティに欠けているとは思うし、敢えて作者の青木さんがそうしたんだろうな…とは思う。死にたくないけど、死が近い人もいる。そう思うと、当たり前の毎日も、少し光がさして、がんばろうって気持ちになれると思うんだよね。そういう意味で、この余韻をいい方向に解釈したいものだ。
- あなたも感想を書いてみませんか?
- レビューンは、作品についての理解を深めることをコンセプトとしたレビューサイトです。
コンテンツをもっと楽しむための考察レビューを書けるレビュアーを大歓迎しています。 - 会員登録して感想を書く(無料)