古書の知識満載!大人ためのライトミステリー
計算ずくのリアリティー
文章が特段巧みというわけではない。登場人物の行動範囲が狭く,展開の面白みに欠ける。人が殺されるといった衝撃的な事件も起こらない。要するに,物語に引き込まれる要素がほとんど無い。にもかかわらず,ページをめくる衝動が衰えず,ついにシリーズ最新刊の第七巻まで読み切ってしまった。いったい,何なのだろう,この吸引力は?
思うに,吸引力の一つは,ありそうな日常を描いているということなのではないか。どこにでもありそうな古本屋と,どこにでもいそうな古書好きの女性店主。昨今流行りのジェットコースターものの逆手をとって,物語はゆったりと進行していく。このスピード感がやけに古都鎌倉の雰囲気とマッチしていて,いい雰囲気を醸し出しているのだが,それはともかく,現実味にあふれた状況設定が読者を引き寄せる。
見事にひっかかってしまった。突拍子もない出来事ではなく,身近にあってもおかしくない出来事。この計算ずくのリアリティーの罠にはまった。専門的な古書の知識を散りばめながら,恋愛の要素も盛り込んで物語は進行していくのだが,やがて謎が謎を呼ぶといった展開となり,読者はいつの間にかその謎解きに埋没させられていく…。
それにしても,作者は奥手なのだろうか。女性店主とその女性店主に想いを寄せる青年のやり取りがあまりにもじれったすぎる。キスに至るまでに,どれほど時間をかけたことか…。しかし,これまた計算ずくなのかもしれない。先を急ぎたがる男性に対して,過程を大事にする女性の心理を知り尽くしている。奥手どころか,相当なやり手か。この物語の読者は80%が女性,というデータがあると聞いたが,なんとなく分かる気がする。
魅力的なキャラクター
吸引力の二つめは,キャラクター設定の妙だろう。祖父がつくった北鎌倉の古本屋を引き継いだ物静かな女性「栞子」。その栞子に恋心を抱く身体は大きいが活字恐怖症の青年「大輔」。10年前に失踪した栞子の母親「篠川智恵子」。栞子の妹でありながら性格が真逆で底抜けに陽気な高校生「文香」。これら主要人物に,せどり屋(本買取り業者)の志田や笠井など,特異な人物が多数絡んでいくのだが,どのキャラクターも一癖も二癖もあり,気が置けない。
冷血無情な笠井の父親が実は大輔の祖母と関係があったとか,やたら登場人物同士の関係がご都合主義的なのが気になるものの,そこに目をつむってもいいと思えるだけの面白さがこの物語にはある。
キャラクターの中でもとりわけ読者を魅了して止まないのは,言うまでもなく主人公の栞子だろう。長い黒髪に透き通るような肌の美人というのはありがちなヒロイン設定だが,普段はメガネをかけていて,引っ込み思案で,好きな男性とちょっと話しただけでも頬を赤らめてしまうという,清楚な一面をみせる栞子の虜になってしまう男性読者も少なくないはず。そんな内向的な女性が,古書の話になるとスイッチが入り,凛とした態度で次々と謎を解き,悪党を退治していく様は爽快そのものだ。
ところで,正直な話,もう一人の主人公,大輔にあまり魅力を感じないのだが,女性読者がどう感じているのだろう。そっと教えていただけないものかと思う。
古書にまつわるヒストリー
吸引力の三つ目は,これが最重要ポイントなのだが,古書の知識がぎっしり詰め込まれていることだ。
1980年代以降のベストセラーの傾向をみると,一般的ではない職業,専門的で特殊な職業にスポットを当てた作品が目立つ。国税局査察官,銀行マン,納棺師,養蜂家等々。「ビブリア古書堂~」では,せどり屋という普通はあまり知られていない職業が物語の要となっている。
掘り出し物の古書を安く買い取り,同業他社へ高く売って利ザヤを稼ぐせどり屋の中には,人にケガを負わせたり,空き巣に入ったりしてでもほしい本を手に入れる悪辣な奴らがいる。そういったせどり屋たちに翻弄されながらも,か弱い栞子が抜群の知識と推理力をもって挑んでいく姿がこの物語の根幹をなしている。
せどり屋たちが狙う古書の数々は,夏目漱石,太宰治,江戸川乱歩,シェイクスピアといった誰もが知っている作家たちの希少本だ。これらの古書をめぐって,物語は錯綜していく。紙の質,綴じ方,断裁の仕方,本のサイズ゙,執筆者のサイン等々から,栞子はその古書にまつわるヒストリーを紐解き,事態を収拾へと導く。読んでいるうちに自然と古書の知識が身に付く仕掛けになっているところがすごい!
書店では,この物語に登場する古典的名作の売り上げが伸びているという。文学作品の読み手,書き手が激減してきている今日,「ビブリア古書堂~」シリーズは,出版界の救世主となるかもしれない。
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