押しつけがましくないミステリ - ビブリア古書堂の事件手帖の感想

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ビブリア古書堂の事件手帖

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感想数
3
読んだ人
22

押しつけがましくないミステリ

3.53.5
文章力
4.0
ストーリー
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キャラクター
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演出
3.5

目次

鎌倉を舞台にした古書堂の探偵譚

『ビブリア古書堂の事件手帖(以下、ビブリア)』は、当時創刊したてのレーベル、メディアワークス文庫の看板作品となった。

今ではメディアワークス文庫はライト文芸の一大レーベルとなっているから、『ビブリア』は一大レーベルの代表作、つまりはライト文芸の走りといっても差し支えないだろう。同社(かつてのメディアワークス)の電撃文庫で例えるならば、『ブギーポップは笑わない』ぐらいの立ち位置にあると筆者は思う。

『ビブリア』は書店で平積みされることが増え、徐々に人気が加速。剛力彩芽主演でドラマ化したことで、一気に世の注目が集まった。

ドラマ化はやや予想外だったものの、『ビブリア』の実力からいえばこの知名度の加速は実に順当なところである。ライトノベルとして実績のある出版社から育った多彩な作家の作品。『ビブリア』の人気は、必然といってもいい。

『ビブリア』の影響

『ビブリア』最大の影響は、出版業界全体に大きな余波を与えたことだろう。

特に10代後半~20代の読者をメインターゲットに置いた、ライトノベルと文学読者の中間、ライト文芸は軒並み、「劣化ビブリア」のようなタイトルがリリースされまくった。

タイトル、カバー絵、内容、全てが『ビブリア』に似たり寄ったり。○○店の○○事件、○○さんの○○○……といった、列挙していくのさえ疲れるほどのやっつけ仕事ぶり。

内容も、どこかの実在の街にある仮想のお店(喫茶店だったりアンティークショップだったり、いかにも内気な文学少女が好みそうなお店ばかりだ)の謎めいた店主の元へ、客として主人公が仕事を持ち込み、そこの店主に仕事を依頼した縁で以降は懇意になり、そのお店に持ち込まれた騒動を店主と一緒に見届けるとかいうそういう話。

少し手に取って、冒頭30ページをパラパラと読んだだけでその有様なのだから、一時はもう文庫本コーナーにいくだけで目眩がするほどだった。

もちろん、そういったタイトルの全てが駄作という訳ではない。だが、『ビブリア』に似た内容で、『ビブリア』以上のものを生み出したかと言われれば、決してそんなことはないのだ。

改めて、『ビブリア』の影響力の強さと、類似品とは一線を画す唯一無二の存在であることを知らされる想いである。

何も『ビブリア』に限った話ではないが、昨今のエンタメはどうにも売れた作品に流されることが多すぎるように思う。最近では、『君の名は。』に影響されたと思しき本がたくさん書店で平積みされるのを見かけるたびげんなりする。生産する側どころか、売る側にも安全牌を選びすぎる(悪くいえば、売ることに対して手抜きをしている、あるいはローコストに走っている)傾向にあるのは、今後の業界にとって悪影響でしかないだろう。

今のエンタメ業界に必要なのは、人件費や労力を減らして必ず売れる作品を作る(あるいは見つけ出す)ことではなく、『ビブリア』のような良作が何故売れたか、その売れ行きに届くためにはどうすべきか頭を悩ませるべきなのではないだろうか……。

誰もが目指し、たどり着けない『ビブリア』独自の魅力

前項で、『ビブリア』の影響力の強さについて述べたが、さて、では『ビブリア』の武器はなんであるか、考察していこう。

まず、鎌倉を舞台とした、独自の空気感が第一にあるだろう。

作者の三上延は鎌倉の出身というだけあって、土地のことを非常に丁寧に描いている。ただ描いているというだけではなく、例えば道幅、場所の空気、温度、それらを、文脈から感じ取れてしまうのだ。

鎌倉にいったことのある人間は「そうそう、そういう場所なんだよ」と懐かしい気持ちになるだろうし、行ったことのない人間にはいつか行ってみたいと思わせることだろう。

文芸作家の才能を示すバロメーターの一つとして、「風景を読者の脳裏に描けること」が挙げられるが、三上延もまさしくその才能の持ち主である。

また、『ビブリア』はミステリでありながら、押しつけがましくないことに個人的に好感が持てる。

筆者はミステリというジャンルをあまり読んだり観たりしないのだが、その最大の理由として、「探偵がいけすかない」ことにある。

どれだけ頭が良いのか知らないが、警察の仕事に立ち入り、人のプライベートに踏み込んで「推理」などという傲慢で偽善的な行為に勤しむ。挙句の果てに自分の頭のなかで広がっている理屈で容疑者たちにプレッシャーをかける……と探偵諸氏の全てが自分勝手と感じ、結果としてミステリ、あるいは探偵小説を楽しめないでいる。

栞子は古書店の店主であると同時に、物語上の“探偵”の役目を持っていることは、読んだことのある人間ならば当然知っていることであろう。

しかし、栞子は“探偵”であり、物事に対して何かしら見地や考えがあるものの、あっさりと口外しない。また、自分のことを詮索主義だと卑下するようなことも言う。

こうした“探偵”には珍しい控えめなところもまた、『ビブリア』の魅力であるといえるだろう。

影響力、作品性、文章力、全てにおいて『ビブリア』は、業界最大手レーベルの看板作品足りうる魅力を持っているのである。

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3.53.5
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