ヴァンパイアになってしまった人間の苦悩と恋の物語
否応なく選ばれてしまったディミトリ
1908年。テノール歌手として活躍をしていたディミトリ。自分の仕事をとるために、枕営業もいとわずやってきた彼にも、ずっと愛してきた女性・アニエスタがいました。しかし、彼女は親友のテオの婚約者。テオは貴族でありながら、身分の違うディミトリと対等に接してくれた唯一の人。ディミトリが性的虐待を受けていたときも助けてくれた。ディミトリのテノール歌手としての初めての舞台も、テオが準備してくれたものでした。だけど、彼はアニエスタを大事にしているように見えない彼を、許せないと言う気持ちも感じていました…みんな人間で、男ですからね。そりゃーバカ騒ぎもするでしょう。
そんな中で、ディミトリは馬車にはねられて即死…したと思ったら、なんだか有能なヴァンパイアの器として能力を移植されたみたい。蝶がひらひらと降り立ち、能力をうつすと言う演出はなかなか優雅でしたね。ただ人間にかぶりつけばいいみたいなヴァンパイアではないのが印象的です。そしてディミトリはヴァンパイアになり、混乱の中で感謝と憎悪が入り乱れた彼は、少しの言い争いでテオを殺してしまいます。「自分のために死ね」と命令することができるヴァンパイア。なんて怖い。そして、テオの死体にかぶさるディミトリの姿を見てしまったアニエスタは、ディミトリに襲われる前にその命を絶ち…こんなドロドロ展開あっていいんだろうか。
五感は優れ、特に食べ物を食べなくても生きていくことができ、願うことはたいていのことができてしまう。弱くなるのは繁殖後のみ。繁殖すればあっさり死んでしまう。この設定もまた新しく、強き者がずっと強いわけではないということ、どこかにもろさを抱えているということがうまく表現されている気がしますね。
いきなり100年後の日本へ話がとぶというびっくりな展開
そして時は2008年へ。しかも日本へ!そのままヨーロッパで話が展開されないっていうのも新しい世界観ですよね。なぜディミトリとマクシミリアンがここへやってきたのかとか、4人のヴァンパイアで共同生活を送っていたのかとか、少しずつ明らかにされていきます。突然梓と光哉が出てきたときは、もう話は終わったんだろうかとヒヤッとしましたが。まさか魂の契約を結び、アニエスタの中に梓の魂を入れるなんてね…
しかも、そのアニエスタを愛するのかと思ったら、4人の中から繁殖する相手を選んでほしいみたいなことになるとは…いったい何を考えてるの?ってなりました。不敵な笑みが怖いような悲しいような…ディミトリは本来いい人だと思うし、この100年、どんなことがあったんだろうな~…って切なくなってしまいます。
梓もまたすごい。事故に遭い死ぬところだった光哉を生きながらえさせてくれる代わりに、自分はどんなことでもやる。その決意の深さ、潔さが素敵。そして悲しいね。2年後の光哉の姿がまた切なくて、回想シーンの2人が苦しくて…お互いの気持ちに正直になっていたら、こんなことにはならなかったかもしれない。身分違いとかじゃない、ただの年の差なんて気にしなきゃよかったんだって。ディミトリが梓を選んだのは、そういうやりきれなさを重ねているからなのかな。それとも、生まれ変わりや子孫を見守ってきたからなのかな…
再び惹かれあう梓と光哉
いつ光哉が来るか来るかと待っていたら、ようやく登場。あの事故から2年経ち、一人生き延びてしまった苦悩が描かれていました。大好きな梓と、もうちょっとのところだったのに…梓もまた罪な奴!はっきりしないでキスとか許すもんじゃないって…光哉は、学校に在学中は待つって言ってくれてたじゃん。あと2年。悲しいことに、その2年が梓の亡くなってしまった2年なわけで…若き青年に大きな傷を残したわけですよ。
大人になりたい
そう言ってまで気持ちを伝えてくれた梓の回想シーンの光哉のかっこよさといったらもうね、感動ものでした。
結局、アリスとなった梓は魂が梓であるため、その記憶が色濃く受け継がれている。だからこそ、光哉との再会は衝撃が走っただろうし、姿が違うのに光哉も自然と惹かれてしまった。なんだろうね。このあたり、ファンタジーのはずなのに、なんか信じたくなっちゃうよね。想いが通じるようなマジックが本当はあるんじゃないかって。そして、2人は一夜を共にするわけです…あーやっちまったー…そしてぎくしゃくするヴァンパイアの家。繁殖の本当の意味を知らなかった梓。過去を失ったヴァンパイアたちがいろいろな気持ちを思い出します。みんな、恋に惑い、絆に惑い、そしてヴァンパイアに選ばれた悲しき美男子。どこかでその因果は断ち切られるのか?それともずっと続いていくのか…規模的には、脈々と続くヴァンパイアの運命の一部にしかすぎない感じがあるので、因果を断つことはできないかもしれませんね。誰かはハッピー、そして誰かはアンハッピーな終わりが終始ちらついています。
恋と繁殖はまったく別のもの?
梓は、光哉を生かすために自分を売ったわけです。だからこそ、繁殖の相手を真剣に選んでいました。どいつもこいつも美男子で、どいつもこいつも繁殖のためにアリスを好きになる。なんでこんな設定になるのか、その明確な謎はまだ明かされないのですが、梓が浮気をしてしまい、なのに家から出ていかずに待っていた姿を見た時のディミトリの焦る様子を見ると、なんだかまだ裏がありそうで…。ディミトリはいったい何をしたいんだろう?って思えてきますね。死にたいという気持ち、アニエスタに対する気持ち、アリスがまた違う誰かに奪われてしまった悲しみ、罪悪感と懺悔の気持ち…愛したのはアニエスタだけ。だけど目の前にアニエスタの姿をした梓がいる。ディミトリは全然感情が読めません。そこがまたミステリアスであり、これからどんな決断をするんだろうってワクワクさせてくれるところです。果たして恋か、繁殖目的か。ディミトリの心をとかしてくれるのはいったい何なのか。続きが気になりすぎる。
第二部が果たして出るのか
もう何年も「黒薔薇アリス」の続編は登場していません。出たと思ったら新装版で肩すかし。しかし、新装版を出すということは、もう一度読者の方々に思い出してもらって、続編をちょうどよくスタートさせようって魂胆なんじゃないでしょうか。そうでなければ、出す意味ないよね?
第二部での展開としては、アリスとなった梓が果たしてディミトリを選ぶのか、光哉を選ぶのか、というところでしょうね。なんだかんだ言って、ディミトリは光哉に譲ってしまうんじゃないでしょうか。今までも、他のヴァンパイアたちを含めて“選んでほしい”というスタンスでいました。それがせめてもの、彼の優しさなのかもしれません。アニエスタを殺してしまった自分、大切な親友のテオを殺してしまった自分への罪滅ぼし。僕は簡単には死ねない。だからこそ、本当の意味で自分が選ばれるときまで、決して死なない。そんな気持ちがあるような気がしてなりません。だいたい、テノール歌手として成功したのもテオのおかげ、恋を教えてくれたのもアニエスタのおかげ、無名から成りあがることができたのは数々の枕営業のおかげ…テノール歌手としての才能があると言われながら、自分を信じ切れなかった彼の悲しい道だったんですよね。だからこそ、ヴァンパイアとなったこれからは、自分自身が選び、そして自分のことを知って選んでくれる相手を待ちたい…そんなふうに考えているのではないでしょうか。
アリスがディミトリを知って彼を選んでくれるのもアリだと思うし、光哉を選んでくれるのもアリだと思う。はてさて、どんなことが起こるのか、あと何年待てばいいんでしょうね…。
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