奇妙でコメディな医療ドラマ
やはり堤幸彦の色
この作品がテレビで放映されていた当時は、「金田一少年の事件簿」、「ケイゾク」、「池袋ウエストゲートパーク」、「TRICK」などそうそうたる良作ドラマが既に世に認められていたため、この「ハンドク」を何も知らずに見た人も一目で堤幸彦監督のそれだとわかるようなドラマだった。さらに言えば、当時このドラマを見た人の中には、それが宮藤官九郎の作品だと勘違いした人もいたはずだ。私もそうであった。確かに作風以外にも、「池袋ウエストゲートパーク」と同じようなキャスティングであったり、演出にどことなく似たところがあったりと、それらしいところがある。しかしそれは同じ堤幸彦監督であるということと、演出が金子文紀だったということが原因だといえる。作品全体の暗い雰囲気や、映像を短くコマ送りにして連続的にアップにしたりする撮影方法などすべて堤幸彦らしさがあふれているし、短い演技のやり取りの中のセリフ回しや、若者らしい会話などの演出は、金子文紀らしさが出ている。またキャスティングに関しても、主役に長瀬智也を置き、サイドにジャニーズや演技派を入れるところなんかも似たところがあった。
つまりそういったところから考えると、この作品独特の良さというのは脚本に見えてくると思う。
脚本の大石静
半人前のドクター、略して「ハンドク」。しかしこの作品はただ半人前のドクターがいろいろなしがらみを乗り越えながら成長していき、最後は一人前のドクターになる、という安いドラマではない。むしろ新人たちの希望はことごとく打ち砕かれ、各話の結末は暗いことが多い。それもこのドラマ特有のよさなのだが。
どの話もスタートダッシュがかなりいい。毎回夢の中での浅香唯とのやり取りがあるがそれだけではなく。例えば一話のはじめで狭間一番(長瀬智也)が仏壇のリンを鳴らすが、リンが傾いて音が響かないシーンがある。そこからのテンポのいい展開は見ていて飽きない。ただ終わりに近づくにつれて緊迫し、最後は悲しい結末が待っている。内容全体としてはかなり現実離れしていて、医療そのものの内容や展開は突拍子もないものだが、メッセージ性は強く、命の尊さや医学がどんどん進歩する中での医療の在り方など、考えさせられる脚本になっている。病院が救急要請を受け入れるかどうか、や自殺願望のある患者の治療について、犯罪者の治療について、犯罪者を親に持つ人について、それぞれテーマは重く、答えのでない話が多い。その中で一つの残酷な結末が出ることが、より見る人に考えさせることになる。
ちなみに、監督と演出が同じという事から、ストーリーの内容もそれにまつわる点がいくつかある。例えば一話で救急の患者がSMHに運ばれてくるシーンでも、狭間一番が「俺はブクロでギャングやってたんだよ」というセリフがある。これは池袋ウエストゲートパークを思わせる設定だ。また一番の部屋にはボウリングのピンがいくつかおいてあり、それも池袋ウエストゲートパークのマコトがボウリングを特技としていたという設定を思わせる。
そして脇役として無名の俳優を用いることで知られている大石静の作品だが今作でもその傾向はあり、一番の抜擢としては佐々木蔵之介が挙げられる。当時はまだ無名だったが脇役の中でも登場シーンは多く、個性的な演技派だということが十分わかるような活躍をしている。また佐藤二郎や高橋一生なども出演していて、後々に有名になる役者を先物買いで抜擢していたことがうかがえる。
医療ドラマ特有の見づらさがないこと
私個人としては、医療ドラマはあまり好きではない。24時間テレビではないが、感動に寄りすぎたり、いわゆる”そっち”に入りがちだからだ。その裏にはあるしがらみや現実と理想の中で板挟みになっている現状のことを考えるときれいごとが多い気がして少し見づらい。
その点、総合的にみて「ハンドク」は医療ドラマの中でもダントツで見やすい作品になっていると思う。感動を押し付けるようなストーリーでもないし、結末ではいい意味でいつも裏切られる。少し少女漫画風な大石静の脚本も、あまり生なまし過ぎることがないストーリーとして医療ドラマを軽くしている。そして何よりコメディのレベルが高いことがポイントだ。展開もすごく早くて堤幸彦特有のカットと効果音がより見やすさを演出している。
そうでありながら、他の堤幸彦作品よりも知名度が伸び悩んだ原因としては、やはり脚本ではないかと思う。今作に関してはドラマ用にストーリーが書き下ろされているため、原作がない。そういったところから、全話を通じてのストーリーの良さがあまりない。最終話の結末としても本筋とはほとんど関係のない事故という展開で終わっている。毎話毎話はちゃんと完結していてメッセージ性もあるのだが、連ドラのベタと言えばベタだし、このドラマが何の話かと言われれば少し印象がないドラマであることは否めない。そういう意味では、初めて堤幸彦の作品を見る人にはあまり選んでほしくない作品だが、ファンにとっては十分楽しめる作品であることは間違いない。
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