現代漫画におけるホラー漫画家のメジャー化条件
先行者としての押切蓮介、キラーキャラクターの創出
どこから読んでも本格B級ホラー漫画、かわいらしいヒロイン、そしてそこはかとなくギャグを孕んでいる――。
ひよどり祥子「死人の声を聞くがよい」シリーズはそんな漫画なのですが、私はもう一つ先行する作家と作品名を思い浮かべました。
押切蓮介の「でろでろ」です。今や「ハイスコアガール」で押しも押されぬ人気漫画家となった押切ですが、デビュー当初の漫画をみると「カルトホラー漫画家」としか言えないものでした。一部専門家からの評価はあったものの、マニア中のマニアにしか受けない類の漫画家だったのです。
そんな押切がメジャー化のきっかけを掴んだのが霊感の強い兄と妹を主人公に置いた「でろでろ」でした。
押切が担当編集から受けたアドバイス(というか命令)はただ一つ、「女の子をかわいく書け!」というものでした。それまでの押切漫画にそのようなキャラクターは登場したことがなかったのですが、押切は必死になって妹の瑠渦を創り出しました。これがのちのちの押切漫画に共通する「押切美少女」のはじまりでした。「でろでろ」はスタートダッシュでこそつまづいたものの、ファンから愛され、押切は長期連載を成し遂げ、メジャー化への足掛かりとしたのでした。
「死人」シリーズは既にキラーキャラクターを生み出しています。それは第一話で死亡した主人公と同級生の美少女幽霊・早川さんですね。早川さんは幽霊ですので喋ったりはしません。ただ、主人公の傍らにずっといて、ピンチになると指で指し示して助かるヒントをくれるのです。このタイプのキャラクターに対して私たちがいかに耐性がないか。もうめろめろですよ。
「死人シリーズ」は他にもいい点がたくさんあるのですが、早川さんというキラーキャラクターを生み出したことで、読者が目を離すことができないシリーズになりました。
ホラー誌で鍛えた確かな物語性
ひよどり祥子はホラーMという読切ホラー雑誌を中心に活躍する漫画家でした。彼女の過去作品を読むと、どれも短編として上手くまとまっているということがわかります。ただ、読切での発表となると長く続けて登場する魅力的なキャラクターを生み出しにくいことも事実です。(短編一作品だけで人々の記憶から離れないキャラクターを創出するのは伊藤潤二などの今では神話的人物に思えるほどの漫画家だけでしょう)
ただ、ひよどり祥子の物語構成の確かさは「死人」シリーズにも確かに受け継がれています。連作短編が続くにつれて、よりキャラクターの魅力が深まっていくという構造になっているので、ひよどり祥子は「死人」シリーズによって化けたとも言えるでしょう。
「でろでろ」が創作妖怪によるどちらかと言えばコミカルな事件をメインにしていたのに対し、「死人」シリーズでは、よりB級ホラーめいた陰惨な事件が起こることが多いです。メディアミックスをするとしたら、実写のほうが先になりそうです。
多彩な脇役達
「でろでろ」が様々な創作妖怪で脇を彩っていったのに対して、「死人」シリーズではオカルト研究会の同級生が前に出てきます。
とりわけ、早川さんに匹敵する? ほどのいい味を出しているのが、式野会長でしょう。かわいらしくて胸がでかいのに、超自己中心的なドS。どんな惨劇からも超人的身体能力とゴキブリ並みのしぶとさで生き残ってしまうある意味キラーキャラクターです。リアルでいたらサイコパスか何かなのですが、漫画的にはとても素晴らしい。
ひよどり祥子は人間を描くホラーの時によく映えると私は思います。
ホラー漫画家メジャー化の条件
カルトホラー漫画家やマイナー雑誌のホラー漫画家が、一般の読者に受け入れられる漫画を描くことがどれだけ難しいことか。それは先人たちの死屍累々をみればわかることです。(「死人」シリーズより多くの漫画家が討死しています)
押切蓮介「でろでろ」とひよどり祥子「死人の声をきくがよい」を通して、マイナーホラー漫画家がメジャー化するための条件のようなものがみえてくると思います。
①とにかとびきりかわいい女の子を一人登場させること。(キラーキャラクターの創出)
これは「でろでろ」では瑠渦。「死人」では早川さんですね。
②確かな物語性を持たせること。
これは漫画家の力量のことです。いくら読者の心を奪うようなキラーキャラクターを登場させても、破綻した物語が続くと読者に見放されてしまいます。
③時の運。
ホラー漫画家にも実力派はたくさんいらっしゃるのですが、メジャー化し、多くの一般読者に読まれ愛されるようになる漫画家は少数です。
どんな漫画誌や編集者と出会い、数少ないチャンスをものにできるか、というのは大きいと思います。
ひよどり祥子「死人の声をきくがよい」は少なくとも①と②は確実に満たしている作品です。また③のほうもほぼ満たしつつあるように感じます。
いつアニメ化やドラマ化などのメディアミックスがされてもおかしくありません。
もう既に面白いことは面白いのですが、「大きなチャンス」を待ちましょう。
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