命がけのスポコン魂
ひろみの忍耐
「エースをねらえ」は、絵を見るとコテコテの少女漫画であるが、読み進めるうちに実はすさまじいスポコン魂が描かれたストーリーと、仏の世界にも通じるほどの高い精神性が根底に流れているように思えてならない。主人公の岡ひろみは、ペットの黒猫のゴエモンと戯れる普通の女子高校生であるところからはじまり、宗方仁という鬼のようなテニス部のコーチとともに一流のテニスプレーヤーに成長していく。テニスに打ち込む向上心、宗方コーチへの師弟愛、藤堂との恋愛、すべてはひろみの忍耐が支えている。
お蝶夫人の嫉妬心
岡ひろみの憧れの存在である、お蝶夫人こと竜崎麗華は、高校生とは思えないほどの精神性の持ち主である。物事に動じない言動、高いプライドと自信は、彼女の美貌と育ちの良さに裏打ちされたものだろう。そんな彼女も岡ひろみに対して一時期、嫉妬心を燃やすことがあるが、ひろみの素直さに次第に彼女の心は溶けていく。彼女もまた名言を発する。心に残ったのは、ダブルスを組んでミスを連発する未熟なひろみに対して陰口を言うまわりの者達に、「誰です、あたくしのパートナーを動揺させるようなことを言うのは」と言い放つ。最後には、ひろみに全力を尽くして支える役となる。さすがお蝶夫人である。
宗方仁の苦しみ
彼は悲しい出生を持つ。父を奪った愛人に苦しめられ病気になって、若くして死んでしまった母親のことが、いつも忘れられないでいたのではないだろうか。まわりが嫉妬するほどのひろみへの執着心や常に何かに耐えているような心持ちは、幼い頃の経験によって屈折してしまったものなのだろうか。「エースをねらえ」に登場する人物は、みな華やかさを持っている印象があるが、宗方コーチだけが不治の病にかかってしまったり、不幸なイメージが際立つ。しかし、この彼の苦しみの部分に共感し、引きつけられる読者も多いのではないかと思う。
宗方コーチの愛と藤堂との恋
岡ひろみの素質を見いだした宗方は、自分にはできなかったテニスの頂点を目指すという夢を実現させるべく執念でひろみを鍛える。それに対し、ぼろぼろになりながらも決して諦めることなく、答えようと素直に努力するひろみに、宗方は師弟愛を超えた感情を抱いた。彼が命を落としても自分の欲を表すこともなく、ひろみを支え見守ることに徹した精神は修行僧のようでもある。一方、自分に恋心を寄せるひろみの純愛を支え続ける藤堂は、「男なら女の成長を妨げるような愛し方をするな」と宗方に言われた通りに秘めた恋愛を通す。世界へ羽ばたくひろみは、ひとまわり大人の女性となって旅立つ。
個人的感想
私が「エースをねらえ」をはじめて知ったのは、たぶん小学生の時だったと思う。少女漫画にあまり興味がなかった私は、当時連載されていたマーガレットも読むことはなかった。でもこのマンガの存在はたぶん知っていた。お蝶夫人の独特の言い回しが流行って真似をしたりもしたから。テレビアニメの記憶もほとんどないのだが、何回かは見ていたと思う。申し訳ないが、小さい頃の私にとってはその程度のテニスマンガに過ぎなかった。これほどまでにこの作品に、はまるようになったきっかけは、ある先生からこの作品を勧められてからのことで、つい数年前のことである。体育の先生であった彼が言うには、顧問をしていた部活の部員にぜひとも読ませたいとのことだった。その訳は詳しく聞かなかったが、きっとスポコンマンガという理由以上に、深い哲学のような信念が作品の中に貫かれていることに気づいてほしかったんじゃないかと思う。岡ひろみと藤堂との恋愛は別にして、と断っていたが、恋愛もこの作品の重要なテーマなのに、照れくさかったのか。照れくさいと言えば、40歳を過ぎたおっさんが「エースをねらえ」を読んでいる図を想像してみても、相当面白い。そして男子高校生が「エースをねらえ」をみんなで読んでいるのも面白い光景である。話がそれてしまったが、要するにこの作品にはまる理由とは、大人になってからでしかわからない名言の数々を噛みしめることができる読み物だからなのである。恋に負けてしまう女の弱さとか、恋を乗り越える心の強さとか、少女世代にはきっと理解できない人生のヒントが隠されているのである。人を信頼することの大切さは、どんなに厳しくてもついて行く岡ひろみの宗方コーチに対する思いから知ることができるし、恋愛指南としても藤堂とひろみの純愛は手本になるに違いない。ある冬にひろみが藤堂に手編みのマフラーを会えないまま贈る。後に、会話も交わさず首に自分が編んだマフラーを巻いている藤堂の姿を見て、互いの思いを確認しあうというシーンがあった。なんとも切ないではありませんか。しかし、ずっとこのような状態が続くのも限界があろう。ついには宗方コーチも「お互いの自覚に任せる」と二人の恋愛を許すにいたる。それほど二人はそれぞれに強い心を持つことができるように成長したと宗方コーチも認めたからなのだろう。
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