コンプレックスを脱ぎ捨てるまで
コンプレックスに腰掛ける主人公
主人公の天野雫健太郎はさえない公務員。決まったルーティンにロボットのように従う。そこから脱却したいとは思っていないよう。例えば女性と付き合ったことがないとか、女性と話すのが苦手とか、仕事でも現状維持のまま、といったコンプレックスに気づいているのにどこかその状況を仕方ない、と思い甘えているようにさえ見える。まさにコンプレックスに腰掛けているような主人公。コンプレックスの中にいることが当たり前になっていて、むしろ他の世界なんてあるんですか?あっても面倒くさそうなんで結構です、というふてぶてしささえ感じる。そしてそれを見て勝手にヤキモキする両親と共に、見ているこっちもヤキモキイライラする。友達は爬虫類だけの35歳なんて…箱入り息子と言うよりは箱に自ら入ってます息子という感じ。年齢の数ほどコンプレックスと一緒に生きているわけなので、それを無くそうなんてよっぽどのきっかけがないとなかなか努力できない。主人公もきっとこれまでの人生の中でコンプレックスを捨てようと思えるような劇的な何かも無く、周りも腫れ物に触るかのように遠くから見守り、遂に35歳まで箱の中に。一体この冴えない、やる気のない男がどうやって変わっていくのだろう?!イライラするのにきっと誰もが共感する主人公。
不器用でひたむきなおとこ
いつものルーティンを終え仕事から帰る途中、雨に濡れながら母親の迎えを待つ美女に出会う主人公。一度は通り過ぎようとするが足が止まる。何かに引っ張られるかのように彼女の元へ戻る。目一杯の勇気で傘を渡す。この雨のシーンは主人公のとヒロインの出会いのシーンでなんとも美しい。はっきりとは描かれていないがその一瞬の、その一言で二人は恋に落ちたんじゃないか?と思わせる二人の何とも言えない表情は必見。とにかくコンプレックスに腰掛けていた、箱の中で体育すわりしていたかのような主人公がそこから一歩、いや半歩飛び出した瞬間で、がんばれ!と思わず応援したくなる。その後、ヤキモキしていた親が参加した息子の為の婚活パーティで約束を取り付けたお見合いの相手が雨のなかで出会ったあの美女、ヒロインで、奇跡の再会。お見合いの席でヒロインの父親から罵倒された時に毅然と立ち向かう主人公。そこでさらに一歩進んでコンプレックスから抜け出そうとする彼がすでにかっこよく見え始める。ついでにこれまで当たり障りなく主人公に接してきた家族も主人公が成長したいともがくペースと共に成長しているように見える。コンプレックスを持つ息子を持つ両親の成長、という視点でもなかなか興味深い。またヒロインの父親は、娘の目が見えないという現実に、コンプレックスを抱いているように見える。かたやコンプレックスをもつ息子をもち、そこから解放したい親。もう一方は娘の障害がコンプレックスになり娘をがんじがらめにする親。人生は自分だけのものじゃなく、意図せずして家族や周りを巻き込むのだと、なぜか妙に冷静に感じてしまう。そんなこんなで始まる35歳恋愛未経験者と盲目の少女の恋。中学生のような甘酸っぱい恋愛が始まる。お互いのコンプレックスを優しく包み合う主人公とヒロインに心が温かくなる。時にキュンキュン時にムズムズ痒くなるけど一場面からも目が反らせない。
最後は人生そんなに甘くないよね、、
順調に中学生恋愛〜大人の恋愛へと発展していっていた二人だが人生はそんなに甘くない。ヒロインの父親の反対があって何度か引き裂かれる二人。そのシーンがいちいち衝撃的でちょっと心臓に悪い。心臓の弱い方は要注意。目隠し推奨。そんな風に、思ったよりヒロインの父親の「娘の障害コンプレックス」がこじれていることを知ることができるシーン満載だ。何度引き裂かれても、文字通りにボロボロになってももう諦めない主人公はコンプレックスなんて過去のもの。彼女の元にダッシュするシーンがその全てを物語っている。人生で一番ダッシュしているんじゃないか‥‥というその必死な走り姿はなぜか微笑みと涙が同時に出る。そのシーンではポロポロと35年分のコンプレックスが剥がれ落ちていくかのよう。いや、主人公が振り切っていくかのような男らしさも見える。その成長具合たるや小学生から大学生までの成長を見たかのよう。人生そんなにうまくはいかないけど、何か大切なものを見つけたらダッシュして守る!暖かい気持ちとモヤモヤと清々しさ、全部経験できる。人間は多かれ少なかれ誰もがコンプレックスを持っているはず。それに気づいている人もいれば気づいていない人もいる。それを乗り越えた人もいればずっと持ちながら生きている人もいる。実は主人公とヒロインは対照的だ。主人公はコンプレックスから脱却できず生きてきた。ヒロインはコンプレックスになってあたりまえな障害があるがさほど気にしていない。むしろ親が気にしすぎている。そんな二人は自分にない痛みや喜びを相手から感じ取ったのかもしれない。誰かのために生きたくなる映画だ。
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