あり得ないけどせつなさ抜群の物語
作品背景
樹齢1200年のケヤキ。その木の精霊ほおずきは町の最後の木霊(こだま)として、今も人の世界を見守り続けている。大昔は木霊と人が結婚することが珍しくなく、木霊の草木を元気にする力(起こしのちから)を受け継いだ人間もたくさんいた。しかし今では一歩のおじいちゃん、お母さんくらいしかその力を十分発揮できないくらい、木霊と人は離れ、時は移ろっていた。そんな中でも、ほおずきの血を受け継いだ一歩は、小さなころからほおずきが大好きで、いつか結ばれたいと思っていた…
こんな感じで、いきなり禁断の愛でしたね。血のつながった家族との恋なんて…びっくりでしょう。木霊と人間の生きる時間は違う。木霊のほおずきは美しくそのまま、人は老いていく。このあたりも人と自然の違いを表現しているなーと思います。人は次々生き急いでいるかのようだし、自然はどんと構えてそこにずっと在る。でも確かにお互いが寄り添って、協力して生きていくことはお互いがこれからも生きていくために必ず必要なこと。そんなことを優しく伝えてくれているように思います。
また、時間の流れが違うがゆえに、木霊なら恋もいっぱいできるのかもね。この物語の世界においては、木霊と人は時の流れが違うだけど同じ立ち位置に在る存在。自由に構えてくれてたら全然せつない物語にはなってないんだけど、ちょっと頭かたいよねって気もしなくもない。この人間いいなーって思っても、一緒に入れるのは木霊にとっては短いし。天馬とは本当にあっという間だっただろうしね。事故で亡くなってしまって。血のつながりというのをどこまで考えるのか…というのも難しいところです。
ほおずきの気持ち
ほおずきは、130年ずっと帰らない最愛の夫・天馬を待ち続けて生きています。人間にとっては昔話で、劇にもできちゃうくらいの遠い時代の話。でもほおずきにとってみればその人がいたからこの家に自分はいるんです。
一歩が自分を本当に好いてくれているのがわかるけれど、一歩自分の子孫であり、天馬との愛の証明。血のつながった家族を想うことと、男として想うこと、この気持ちはいったいどちらなのか?そして、天馬の魂の生まれ変わりが一歩であると知って、だから愛そうと思うのか、それとも一歩自身を心から愛そうと思っているのか…?ほおずきの気持ちもかなり複雑でせつないものなんですよ。自分の大好きだった人間の生まれ変わりって知って好きになれないわけもないし、しかも容姿もそっくりに育ってきてるし。迷っているうちに自分の本来の力も弱まってきて…木霊と人間の間に限っては、倫理も何もないように思うけどね?いとこよりも離れた関係の人間とお付き合いすることって別に近親相姦でもないと思うし。ただやっぱり、自分が好きだった人の事、忘れちゃうような気もして嫌だよね。その人がいたから自分がここに居るのに、違う誰かを想うことがその人に申し訳ない気持ちにもなる。でもその人の魂は確かに受け継がれている。でもでもそしたら私は現世の一歩を愛していると言えるのか…堂々巡り。もうほおずきのポジション考えたら、やきもきしまくりでどうしたらいいの?!とイライラしましたね。絶対人間だけの世界だったらあり得ないことだから、解決策がわからないけれど、バッドエンドだけは嫌だと誰もが思ったことでしょう。
一歩の気持ち
一歩は、ただ小さなころからそばにいてくれたほおずきを好きになっただけなんですよね。血がつながってるとか、そんなの分からないし、自分が天馬の生まれ変わりだなんてそんなこと関係ない。自分が知らない時代のことなんて知らない。ただほおずきに振り向いてもらいたいだけなんだ…心打たれるね。
しかも、一歩は起こしのちからを全然使えなかった。血を引いているはずなのになんで…?弱ってきているほおずきを、自分は助けられない。もしかしたら、それがコンプレックスになって、どうにかほおずきを助けたくて、自分が好意を持って接して大事にすることで代償しようとしたのが恋の始まりだったのかもしれないね。その熱い想いすら断たれ、ほおずきが3年間の眠りについてしまってから、あんなに元気いっぱいでわんぱくだった一歩は人が変わってしまいます。でも悪い方向にではなくて。イケメンに成長し、彼女もつくり、勉強も真面目に取り組んで、人当たりもいい感じに…あれ?悪いところがない…?でもふと一人になった時、何もできなかった自分を責めているような表情をする。もうどうでもいいやと思っているような、温かさのない表情をする…大切なものはもう全部置いてきた。そんな顔がせつない…
だから、起こしのちからが覚醒してからはやっと時が進みだしたな~…って思いました。これで俺もほおずきを助けられる。力になれる。でもさ、ほおずきが眠ってた3年間の間に幼馴染と付き合ったじゃん?それはもう…なんか…せつなすぎるよ。相手が。
振り回される人
付き合い続けることできない…
そりゃ嫌だよ!一歩がほおずきを想っているのと同じように、同じくらいの時間、一歩を見てきたんだから。ずっと想ってきたんだから…かわいそう。でもどこかフェアじゃないってことも分かっていたかもしれないね。ほおずきのことを想い続けながら生きていること、きっと気づいていたはず。だけど自分のほうを見てほしくて、そして一歩の隣も手に入れた。優しい笑顔も楽しい時間も、たくさんのものを一歩はくれた。
それにね、一歩だって寂しかったから、きっと救われていたと思う。お互いがお互いの寂しいところにつけこんだ関係性だったんだと思います。どこかで後ろめたい気持ちもありながら、本当に正直に相手のことを見ていたわけではなかった。時が経っても一歩はずっとほおずきを見ていたし、いつかは無理だねってなる関係だったことでしょう。ほおずきが起きたからって関係を解消するのはひどいような気もします。ほおずきが起きてこなくても別れてたら、あー本当に望みはないなって区切りが付けれていたはずなのに…お互いに弱い人間だったね。でもまだ高校生だから!これからいっぱいいい出会いがあるから!だから、どうか幸せになって…そうじゃなきゃ、悲しすぎるからね。
今度生まれ変わったら
今度生まれ変わったら家族なんかに生まれないから
そしたら……そのときこそ俺を好きになってよ
この一歩がね…表情がせつないのです。もうね、泣きそうなイケメン。あぁ…守ってあげたいと思うよね…結局アタックむなしくほおずきにフラれてしまった一歩。だけど、前よりも前向きに考えられている一歩がいました。大きくなったね。ほおずきを大切に想う気持ちは変わらない。もうここまで来たら、穏やかな別れの話を読まされるのか…って違った!!!もうね、大逆転ですよ。もう望みがないなと思い始めていた矢先、涙がほろりと流れてしまう展開でした。やっぱりね、今を生きるということ、大切にしようよ。永遠の命ではないということは、時間感覚が違っていたとしても、結局同じこと。出会うものすべてに感謝しながら、その時代を生きていく。それがこの地球で生きるということよね。2巻で終わってしまったので、この先がないのだろうかと気になりすぎるけど、作者の鈴木先生は短い物語を得意とする方なので、この先はご想像にお任せしますなのかな…ちょっと残念だけど、いい終わり方をみせてくれてありがとう…!と言いたいと思います。
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