『百円の恋』思ったままに感想&レビュー
登場人物が全員ダメ人間
全員というと語弊があるかもしれないが、とにかくこの作品に出てくる人間は超個性的だけれども「ダメ人間」だ。
主人公の斎藤一子(安藤サクラ)は32歳、実家にて引きこもり中。一子の妹二三子は子どもの前にもかかわらず姉に怒鳴り散らし、そんな荒れた家族の空気の中、父親は我関せずの態度をとる。母親は家業の弁当屋の切り盛りに奮闘しているが、こんな家庭の状況もあってか体調を崩す。
…問題だらけのギスギスした家族である。
一子が家を追い出された後に働くこととなる100円ショップの店員も強烈だ。
鬱病の店長にやたらとうるさい同僚のおじさん、廃棄の弁当を貰いに来る頭のおかしな元店員のおばさん、嫌味な社員の人などなど、それぞれに濃いストーリーがありそうな登場人物たちである。
極めつけは一子が恋をする相手、狩野祐二(新井浩文)である。一子はストイックにボクシングに励む彼に興味を持っており、ひょんなことから彼がボクシングを辞めた後、流れのままに一子と同居することになる。しかし、突然フラッと出ていってしまい、次に一子と出くわすときには別の女のところにいたのだ。この男、クズである。
つまり、この作品には(言い方は悪いが)社会の底辺に属するような「ダメ人間」たちばかりが登場するのである。
キャラクターそれぞれの“転”
「ダメ人間」が多いせいか、この映画を見たあとには登場人物それぞれの起承転結の“転”の部分が印象強く残る。つまり、群像劇的な観方ができるのである。
一子が同僚のおじさんにホテルで強姦されるシーンは一子にとっては自分の身体的な弱さを認識する“転”のシーンであるが、かなりの間ご無沙汰だったおじさんにとっても大きな“転”のシーンである(この後捕まるかもしれないし)暴力で押さえつけ、職場での立場やら何やらを全て捨ててまでこのようなことをしたおじさんの背景が気になってくる。
元店員のおばさんが100円ショップに強盗に入るシーンももちろんそうである。
これは汚い言葉を吐かれ後ろ指を指されながら廃棄の弁当を奪ってきた彼女からの逆襲のシーンだ。100円ショップの社員にイライラしていた観客も多いと思うので、爽快なシーンでもあるだろう。個人的にこのシーンの彼女の笑顔にめちゃくちゃ心惹かれるものがあって何度もリピートして観てしまった。逆襲と言えども彼女もまた犯罪まがいの行為に手を染めてしまったわけだが、逃げて行ったあと、彼女がどのように生きていくのか気になる存在である。
一子のお父さんが離れて暮らす一子のもとを訪れ、一緒に居酒屋で食事をするのも“転”のひとつだ。序盤では家族の争いごとからは目を背けるなどして、ことなかれ主義の父親のように見えていたが、彼が彼なりに一子を心配していた気持ちが、“転”となるこのアクションを起こすことでようやく形になったのだ。
そして、一子の最初で最後の試合のシーンである。一子自身の“転”のシーンは狩野がほかの女の所に行ってしまったと発覚するところだと思っているが(それがきっかけで一子はボクシングに熱中することになる)、一子が試合をするシーンは観に来ている一子の大切な人全てに影響を与えるシーンである。
試合を観ている一子の家族や狩野は彼女の試合に心打たれる何かを感じただろう。これもまた、“転”が起こったシーンだったのではないだろうか。
勝利にこだわらないハッピーエンド
底辺の「ダメ人間」一子が主人公の今作だが、これは単純でシンデレラ的な女の子のサクセスストーリーではない。
まず残念ながら王子様も魔法使いも現れていない時点でお察しである。クズしか登場していない。
一子のサクセスストーリーではないために、残念ながら一子に勝利は訪れない。試合ではボロボロに負けてしまう。
しかし、試合に勝てなくても彼女が勝利に向けて努力した成長過程に大きな収穫があったのだと私は思う。もちろん、試合をする以上、勝利を求めるのは当然のであるし一子も勝ちたかったと言ってはいた。けれども、彼女は今までのニートのような生活では手に入れられなかった経験を得ることができた。彼女にとって試合を“する”ことはボクシングと出会うまで引きこもっていた自分ではできなかったこと・持っていなかったものと出会うことだったのではないだろうか。
この試合をしたからといって32歳の彼女がボクシングで大成できるというわけでもなく、実家の家業が盛り上がるわけでもなく、狩野と結婚できるわけでもない。ただ、彼女が今まで得られなかったものを求めてぐしょぐしょのドロドロになるまで戦い努力する姿は試合の観客にも映画の観客にも大きなものを残した気がする。
役者さんの空気がすごい
この作品、なんといっても役者の方々がすごい(演出もあるのかもしれない)
映像越しに観ていても想像力が刺激されて匂いがするような、そんな演技だった。
安藤サクラさんの変貌は言うまでもなくすごい。まず最初のニート時代の姿がすごい。足の先から髪の毛の先まで、もうなんていうかニートって感じ。歩き方や所作や体に掛かる重力までも究極にだらしなくグダグダな人間を体現していた。それがあった上での変貌後の姿に驚き。聞けば序盤のシーンと終盤のシーンの撮影の間はそんなに長くは空いていないらしい。すごい。姿勢から体型から随分変わったように見えた。
そして個人的に好きだったのは新井浩文さんと根岸季衣さん。
新井浩文さん、色気ありすぎる…。イケメンだとかそういうことじゃなくてまとってる空気なのかなんなのか…。オーラ?フェロモン?一子が好きになるのも分かる。ダメなやつだってわかってるんだけど、好きになってしまう感じのかっこよさがあった。写真や映画の中に閉じ込めておきたいような、そんな素敵な俳優さんですね。映画に映える方ですね。この作品で一気に好きになった。
根岸季衣さん、最高だった。最初はめんどくさい変なおばさんの役かって思ってたんだけど、終盤でその気持ちをめちゃくちゃ後悔した。その時の自分をぶん殴ってやりたい。本当に反省するほどにすごい役だった。最初に馬鹿にしていた分もあってか、最後の登場シーンで彼女の笑顔に心をギュッと掴まれるような痛さを感じた。こんなキャラクターは観たことがない。文字通り心に刻まれる登場人物だった。一番好きな役。
正直、日常生活で頻繁には出会わない人たちが大勢描かれていたけど、そんなにであったことのない人たちなのに「こういう人いるよな」と観客としてのリアルを感じられて、この映画に登場するすべての俳優さんがすごいなと思った。
観る側のイマジネーションを刺激して五感を支配されるようなそんな演技だった 。
感想
この「ダメ人間」たちが繰り広げる世界はもちろん綺麗ではない。むしろ臭くて汚くて醜くてグダグダなものである。けれども、私はそういったところに人間の全てひっくるめた愛おしさみたいなものを感じた。一子の努力する姿はこの映画を観た私の心にズッシリと爪痕を残した。最初は32歳のニートで家族に迷惑ばかりかけているダメダメな存在に見えていたのに最後の一子には大きく心動かされた。最高にクールでホットな映画だったと思う。ハードルを上げすぎているかもしれないが私は大好きだ。特に女子。無気力な毎日にエネルギーをギュッと注入するようなそんな作品だった。元気がなくなったらこの映画を観ようと思う。
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