90年代を代表する【不条理漫画】は、30年後も不条理なのか
【不条理漫画】の代名詞。そもそも不条理漫画ってなんぞや
記憶には、「写真のように焼きつく風景」というものがあると思うが、私が90年代、小学生の頃に写真のように焼き付いている漫画の風景というものが幾つかある。それが、ビックコミックスピリッツで1989年〜1994年まで連載されていた、吉田戦車の4コマの中にある。登場人物である『傷(いつも学生服で、頭に包帯を巻いて幼少期に何か深い傷を負っていたであろう少年)』が、学校の音楽の時間に「ドレミヌファソラシド〜」と歌う4コマ。「ヌはいらない! ヌは!」と突っ込む先生。ちょっとだけ怖い、怖いけど面白い。トラウマのようにこびりついているのがその4コマ、この『伝染るんです』という作品なのである。新しい笑いが、ページを開けば見られる。小学生の私はそんな楽しみ方をしていたように思える。当時、『ダウンタウンのごっつええ感じ』に夢中だった私は、少しだけ、この漫画に同じような笑いを感じ取っていたのかもしれない。あの、90年代という時代自体が不条理だったのではないか。もうなんでもありの、バブル真っ最中。新しいものをたくさん取り入れろという風潮。その中での、お笑いというジャンルの中でカリスマ的頂点に立っていた松本人志の存在。松本人志の笑いは、底にどこか物悲しさと、怖さがあった。小さな頃は本当に貧乏だったと面白おかしく話す、彼の地元である(当時彼が育った)尼崎の友達の逸話にも見える、物悲しいんだけれど笑ってしまう笑い、それが不条理なのかはわからないが、吉田戦車氏の漫画の面白さはそれに近いものがあった。ちょっと怖く、ちょっとだけ物悲しい。吉田戦車氏については岩手県出身である、なんとなく実家も裕福な匂いがするのだがーーベースに物悲しさがあって、油絵のように、そこから色々な色を被せ塗って不思議な色の笑いにしていくやり方は「その時代に非常にマッチした、新しい漫画の笑い」なのではないかと、私は思う。『伝染るんです』は、著名なブックデザイナーである祖父江慎氏による装丁も非常に印象的であった。小学生の頃、何度もページをめくって「? なんだこれ? 印刷おかしい? 間違えてる? 本屋さんに戻す?」などと小さいながらに思った記憶があり、その後高校生になって「装丁が祖父江慎氏なんだ〜! やっぱり!」と何故か納得するという、時間差の攻撃を受けたのも覚えている。
リアルタイムで観た楽しみ方、歳を取って、また再度観直す楽しみ方
リアルタイムで楽しんで観ていた小学生時代、中学生になってまた、理解力が増してから観る『伝染るんです』ーー社会人になってから、親になってから観直す『伝染るんです』ーー味わいがまた違うというのもこの作品の魅力なのではないかと思う。実際、ここ最近の楽しみかたは、実際にネットが普及して、作者の近況であるとか、趣味であるとか、そのようなものが(例えばTwitterなどで)筒抜けになっているので、筆者である吉田戦車氏に(同じ漫画家である伊藤理佐氏との間に)子供が生まれ、子育てをしながら漫画を描いていること。自宅のバスタオルをホテルのようなふわふわのバスタオルで統一したい妻をよそに、自分は薄っぺらいタオルでないと拭いた気がしない、と妻に抗議したこと。たまに1人でふらっと散歩して、映画を観て、お酒を飲みに行く。ライダーものが好きで、娘にもこっそりライダー教育(女の子なのに自分で購入し教える)するーー【うちの旦那じゃねえかよ!!】小さな頃から見ている有名な漫画家も、自分の近しい人物と同じようなことをしているんだなあ、ワッハッハーと思いながら、酒を飲みつつ漫画を読む、なんて大人な楽しみ方も出来るようになり、自分も歳をとっているのだなあと感じるのである。作品と一緒に歳をとるーー私が産んだ作品ではないが、影響を受けた作品というのは、ずっと読み続けていられるものだから、思い出と一緒に育っていける。そんな作品にリアルタイムに出会えたのは、非常に喜ばしいことなのだ。
30年後、2050年に観直す『伝染るんです』
2050年、30年以上後になっても、私はこの漫画を観るであろうし、その頃にはもう電子書籍よりもより高度なものに変化しているかもしれないが、保存の仕方が進化していく中、再度作品をダウンロードして観るような、観たいなと思う作品であろうと思う。あの祖父江慎氏の装丁が、紙ベースではなく、ただのデータとなるのは寂しい気がするが、私の記憶から消えることはないし、まだ実家にあるあの本の記憶が、新装版ではなく、あの装丁のあの大きさの、あの重さの『伝染るんです』が、私にずっと残るのだろう。将来、もし紙ベースの本がなくなってしまうのだとしたら、本の大きさ、重さ、手放すことなく大事にしている本達の、あの独特な日に焼けたあの表紙の記憶までも全て、データに残ればいいなと、今、考えている。
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