問い合わせ覚悟のこだわりが潔い
本の装丁からして型破り
一巻から単行本を読むと、空白のページはあるわ同じ漫画が二度掲載されているなど、落丁や乱丁が故意に行われている。
実際に訴えた人もいるようだが、この作品の内容からして吉田戦車氏ならこのくらいのシャレはやるだろうという、故意の装丁ミスがかえって作品にいい味を出している。
「伝染るんです。」は、単にシュールだとか、理不尽だとか、脱力とかいう内容のみでなく、落ちがないような世界観や、本の装丁にミスがあることも、笑い飛ばせる人の方が得だと言われているような気分になる。吉田氏がそんな説教がましいことを訴えるために描いたとは思えないものの、本当にバカバカしいの極致のようなことも、実は誰しも考えたことはあるし、人生無駄だと思うようなこだわりだって、人生を面白くするスパイスみたいなもの、という気がしてくる。
2巻以降は1巻ほど酷い故意の装丁ミスは見られないが、巻末の白紙のページが多かったり、本のカバーの裏まで確認したくなるような「仕掛け」が常にあり、漫画の内容だけではなく紙媒体を使用した遊び心で存分に楽しませてくれる。本の隅々まで何かを探したくなる漫画というのも珍しい。
誰もがもつ「こだわり」への共感
この作品は1989年から90年代に有名になった作品で、今となっては少し古い作品であるが、読み返してみると「物事にやたらこだわる」キャラクターが非常に多い。
かわうそくんならハワイやかっぱくんへの嫉妬、シークレットシューズのようなシークレットものにやたらとこだわるご婦人などだが、そのくどいくらいの執着が非常に楽しみで飽きることがない。
誰しも、物にこだわる一面は持っているし、特に現代は情報スピードがインターネット等の普及で高まったせいか、やや依存症と言えるまでに物事に偏執している人が多くなった。
吉田氏はもうちょっとお気楽にこの作品を描いていたような気もするが、読み手としては、この作品の時代から見たら未来にあたる現代の人間の偏執的部分を皮肉っているようにも思え、アンチテーゼとして受け止めるとユニークだと思う。
他人から見た鷹揚さが実は妙なこだわりだったり(前述装丁ミスなど)、自分にとって大事なものが他人から見たら大した価値がないことなどを面白おかしく表現している。
その価値観の違いが、こんなことにこだわっちゃって、面白いなと思える中毒性がある。まさしく独特の世界観に読者が浸かってしまい、それが伝染してしまうような錯覚を覚える。
吉田ファンの作家はやはり同系統のギャグを書くのがうまい
単行本3巻のカバー裏面に、多くの作家が描いた「伝染るんです。」の四コマ作品が掲載されている。
手厳しい事を言うと、どの作家も元祖である吉田氏には脱力の度合いでは到底及ばない。しかし、さくらももこ氏をはじめ高橋留美子氏などは、作風は違えど、どこか吉田氏の作品と共通した脱力感を持った作品を描いている。
やはり作家同士でも、好みというか、内容にシンパシーを感じる作家同士の付き合いなどがあるのだろうと思う。特にさくら氏はちびまるこちゃんの中で、コジコジとの合作短編を描いているが、その中で吉田戦車氏から新刊が送られてくる描写があり、かなり懇意にしているものと思われる。
さくら氏の不条理ギャグが光る、永沢君や神のちからなどは、吉田氏の影響を少なからず受けているように思う。
3巻のように、本編だけではなく、カバーの裏にそういった仕掛けがあるので、本当に気が抜けない。
四コマギャグだが画力の高さがうかがえる
四コマのギャグ作品は、簡略化した絵になりやすいが、吉田氏は劇画調だったり、少女漫画風だったり、単純な絵柄や複雑な絵柄を登場人物のシリーズによって変えており、その画力の高さがうかがえる。
漫画家なのだから、絵がうまくて当たり前じゃないかという意見もあると思うが、はっきり言って漫画家すべてが画力に優れているわけではない。
特に最近は作画がデジタル化されたため、背景やトーン処理や効果は、ろくに技術がなくても誰でもうまく描けるようになってしまった。人物の基礎がなってないのに人物以外の処理だけが優れているという作家も多い。そういう中で、本当に何から何まで手で描き、基礎がしっかりしているからこそ面白いデフォルメが可能になるという模範的な作品だと思う。
カブトムシの斉藤やシイタケなど擬人化されたキャラが生き生きとしているのは、おそらく劇画作品を描いても素晴らしい作品が描けるであろう吉田氏の画力の賜物と言える。
家族の描写に特徴が
最近気になるのが、漫画の作中で主人公の親子関係が異常に希薄だったり、片親設定の作品が多いように思う。両親が健在で、ある程度干渉してくる凡庸な親子関係が描かれた作品の方が少数派かもしれない。
もちろん現実世界には片親の人も大勢いるし、それがいけないわけではないのだが、漫画の場合フォーカスしたい「都合」例えば恋愛だったりした場合、描写の邪魔になりかねない親の存在を、最初からないものとするか希薄にしないと描き切れないという作家が多いように思えてならない。
その点、伝染るんです。では、干渉しあう凡庸な親子関係が多く取り上げられており、その干渉が妙なこだわりをもって面白く読者の心に迫ってくる。故にやや非現実的なシュールさも、不思議と共感できるのではないか。また、根底に吉田氏のキャラクターへの愛情を感じ、実際いたら困るようなキャラも憎めない愛嬌がある。
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