「天才」とはどういうものかがよく理解できる - ラブ&マーシー 終わらないメロディーの感想

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「天才」とはどういうものかがよく理解できる

4.74.7
映像
4.8
脚本
4.6
キャスト
4.6
音楽
5.0
演出
4.6

目次

不遇で、愛すべきブライアン・ウィルソンの人生

2014年作品。個人的には、ビーチ・ボーイズの音楽はあまり聴いた事がなく、ビートルズなんかに比べるとずっと知識は少ないのだけど、以前、村上春樹氏が「意味がなければスイングはない」という音楽に関する本の中で書いていた、ブライアン・ウィルソンに関する記述がとても印象に残っていました。

ブライアン・ウィルソンの人生を、深い理解を持って総括し、その才能を改めて賞賛し、若い頃、ブライアンの音楽を理解するだけの感性を持ち得なかった自分自身の無知を悔いてもいる、この詩的で愛情深い文章は、ブライアンをよく知らない人にとっても、彼の人生の特殊さ、無慈悲さやある種の諦念に、しばし思いを馳せたくなるような素晴らしいものでした。2002年、村上氏がブライアンを見るためだけに参戦したホノルル・マラソンの前夜祭で、霧雨の降るハワイの気持ちのいい野外の公園、長い低迷と引退状態から復活したブライアンの久々の演奏の描写と相まって、ブライアンの人生は、寡黙で、報われない透明な悲しみと慈愛に満ちたものなのだということをしみじみと感じました。

映画「ラブ&マーシー」は、以前村上氏の文章から抱いたこうした印象と非常に近しいブライアン・ウィルソンの姿を見せてくれたように思います。映画を見終わった時の印象もほぼ同じで、「寡黙で、報われない透明な悲しみ、慈愛」の感情が、やるせなく、優しい気持ちで湧き上がってきました。

彼や彼の音楽に関するさまざまな解釈や知識はいくらでもあるのでしょうけれど、本質としてのブライアンの人生の彩りーーその優しさや、あやうさ、悲しさを、この映画は彼の人生を歌い上げるようにして見せてくれたと思います。天才的な音楽の才能があり、非常に繊細で無垢な感性でもってあまりにも無防備に正直に生きてきたがために、どこまでも搾取され、時には嫉妬され、身も心も傷だらけで生きて来た。その芸術も長く正当な評価を得られず、引退同然に追いやられていた、ひりひりするようなセンシティブな感性と、優しさと傷つきやすい魂の持ち主、それがブライアン・ウィルソンという人。不遇で、けれど愛すべき人。

主要キャストが好演

ポール・ダノは普通に本人のように思われたし、後年のブライアンを演じたジョン・キューザックは、本来は似ていないのにも関わらず、ブライアンの子供のような性質をよく捉えていて、それぞれとても上手だったと思います。ポール・ジアマッティーは「それでも夜は明ける」の奴隷商人に続く憎々しい悪役を好演。本作の監督、ビル・ポーラッドは「それでも夜は明ける」のプロデューサーでもあるので、彼の事が念頭にあったのでしょう。

音にこだわった映像表現で「天才」の感性を疑似体験する

そして、音楽を題材にした映画だけあって、音楽や音にこだわった映像表現が素晴らしかったです。

ブライアンの頭の中が、ナイフとフォークのカチャカチャ音で次第に飽和状態になっていくシーンは秀逸でした。
また、スタジオでブライアンがマエストロのように自由闊達に音楽を作って行くシーンは、天才の頭のなかにひととき入り込んだようで、見ていてわくわくが止まらないほどでした。
クライマックス、この映画の肝であろう、ブライアンの傷ついた心が見せた白昼夢、彼の人生全体を被うトラウマ、絶望と至福がめくるめく展開してゆくシーンでは、自分も頭がくらくらするような感じがしました。

これらのシーンはいずれも、「紙一重の天才」の人間の眼を通した世界の見え方、物事の感じられ方、際立った感受性を持つゆえの心のもろさや苦悩をありありと手に取るように感じられるために、とても考え抜かれて作り込まれた表現でした。とても興味深い体験であると共に、こうした人々に対する理解につながったと思います。

眼に見えないんだけど、ブライアンの心というものがあったとすると、その壁は引っ掻くとすぐやぶれてしまいそうな薄い薄い膜のようなイメージ。
視界にはうっすらと靄がかかっていて、クリアーに物事を認識することができない。
ある種のそうした状態の人に、「普通の人たち」は、それとも知らずに随分色んなことを強いているのだ、ということに改めて気づかされました。

彼らは実に不器用で、面倒くさいほど繊細すぎるのだけど、彼らにとってのプライオリティーの高い、限定された何かにおいては、非常に高い集中力と研ぎすまされた感性を発揮します。
「そこ」においては普通の人よりも、ずっとずっと精巧で、知的で迷いなくクリアーなのです。「天才」というものが、この映画ではとても明確にイメージできる気がします。
「そこ」においては、その能力の高さから、確かに圧倒的な多幸感を得られることもあるだろう。けれども、それなりの代償を彼らは必ず払う事になるのだという、残酷なこの世の仕組みもまた。


いずれにしても、凡人にはなかなか上手く想像ができないけれども、世の中には、確かに一定数そういう人たちがいて、私たちは思いやりを持って自分たちの理解の範疇の外にいる人を温かく見ていかないといけないんだと思わされました。

同時に、凡庸であり、鈍いということは、うんざりするような強さでもある。それは確かにうんざりするようなことなんだけど、人がしぶとく、幸せに生きていくために、何度でも立ち上がっていくために、必要不可欠な恵みでもあるんだろうな、と思わされました。

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