ブニュエル流の不良少年もの
監督のタイプ
優れた映画監督の中には詩人タイプと小説家タイプ、そしてその中間の三種類があるようです。詩人タイプは脚本よりも演出のタッチを重視し、その中にハッとするようなイメージを閃かせて、観客を魅了します。小説家タイプの方はもっぱら自分で脚本を書き、演出自体はその絵解きとなるパターンが多いようです。前者の詩人タイプに当たるのはヒッチコック、黒澤明、フェリーニ、オーソン・ウェルズ、ブレッソン、タルコフスキー、リンチなどで、批評家から絶賛を受け、映画史上のベストテンなどで点が集まりやすいのはこのタイプでしょう。(ちなみに小説家タイプにはワイルダー、ロメール、アレン、アルモドバルなど)
ルイス・ブニュエルはもちろん詩人タイプで、その強烈で忘れがたいイメージの数々は、作品に接したひとにはお馴染みのはずです。この「忘れられた人々」はメキシコで気に添わぬ商業映画を作ってくすぶっていたブニュエルが国際的に再注目されるきっかけになった作品として有名ですが、おそらくその出来栄えはその作品中でも上位にくるでしょう。
スラム街を描く映画
この作品は「ピショット」「シティ・オブ・ゴッド」でも描かれていた中南米のスラム街に住む少年たちの生態を、おそらく初めてフィクションの映画で取り上げたもので、始まり方は、まるで「不良少年の問題について一緒に考えましょう」と提案した文化映画みたいな感じです。しかし、もちろんその後の展開はそんなものではありません。ブニュエル流の強烈な描写が続いて、最後まで甘さのまったくない非情な内容になっています。
描写のグラフィカルな迫真性という点では、後に製作されただけあって、「シティ・オブ・ゴッド」の方がリアルに思えるかもしれません。しかし、ブニュエルの描こうとしたのはその少年たちの心理自体の残酷性なので、その点でやはりこの映画は後のスラム街映画には太刀打ちできない鋭さを持っています。
「自由」への不信
ブニュエルは後年の「自由の幻想」の冒頭で、「自由、くたばれ」と登場人物に叫ばせていましたが、ここでの少年たちは貧しく、父母をはじめ家族たちからの掣肘も少ないだけに、下手な金持ちよりも自由ではある、とは言えます。しかし、その自由というのがどれだけの結果を産むか――。
感化院を脱走したリーダーのハイボを祝うために盲目の芸人を襲撃する場面、またハイボ自身が手を汚して遊び仲間のなかでも真面目なフリアンを殺す場面。それぞれが、その自由と引き換えに少年たちの野獣性が発露されている恐ろしいシーンです。もちろん、別にブニュエルは「規律が大事だ」などと保守的文化人的説教をするつもりではないし、かといって左派リベラルの革新的言説に加担するようなイデオロギー的膠着状態にあるわけではないはずです。ただただ、フランス革命以降の「自由」というものに対して、不信感を表明しているのでしょう。おそらくその点が最もブニュエルの言いたかったことであって、スラム街や不良少年などに対する教育的な意図などまるでなかったはずです。
武器としてのシュールリアリズム
ブニュエルが「自由」というものを剔抉するとき、その武器になるのがもちろんシュールリアリズムという手段です。ハイボがフリアンを殺すところで、何も知らずに協力したペドロを脅迫するわけですが、それを受けてのペドロの夜の夢。……部屋いっぱいのニワトリの羽や生肉を差し出す母親の描写は、動物を写すことの好きなブニュエルらしいもので、この映画の中で後々までこちらの記憶に残る場面の一つです。
そして最後にペドロを殺したハイポが警官に追われ、撃ち殺される時、彼の妄想のように現れる濡れた石畳の道を走る犬。まるで生物が死の状態へ移行する現象を、不可思議なものとしてそのまま映像化したような、見事なオーバーラップのショットです。
心理的な残酷性
この作品のショッキングなところは、少年たちが障害者をなぶりものにするような描写もさることながら、見る側の心理を逆なでするような生々しい部分が多くあることです。それは例えば、ペドロの母親がもう若くないというのに、色目を使うハイポに対して、自らその性欲を受け入れるところや、障害者の中年男が少女を膝に乗せて体をまさぐろうとする場面、そしてラストに出てくるペドロの死体をそのままゴミ捨て場に遺棄してしまう場面などです。グラフィカルな描写より、こういうシチュエーションから来る強烈な生々しさの方が、観客に与えるショックが大きいことを、映像の詩人としてのブニュエルは心得ているのでしょう。
不良少年ものとしても古典
この作品の衝撃性は未だに薄れておらず、その後フランスで作られ続けたブニュエル作品より、その描写の生々しさでは上だと言い得るかもしれません。彼が復活するきっかけとなった作品として有名ですが、おそらく不良少年ものというジャンルがある限り、この作品はそのオリジナルとしての評価が続くでしょう。
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