「狼陛下の花嫁」~ウサギに嫌われるのが怖いヘタレ狼が、いつまでウサギに噛みつかずにいられるかの耐久戦漫画~
本作概要
下級役人の娘・汀夕鈴が「割のいい仕事」と紹介されたのは、何と冷酷非道な『狼陛下』と呼ばれる白陽国の若き国王、珀黎翔の臨時花嫁だった。
陰謀渦巻く王宮で、黎翔の縁談よけの為、そして自らの借金返済の為、バイト妃として奮闘する夕鈴。やがて夕鈴と黎翔はお互いに惹かれ始めて…。
可歌まとの代表作。13巻にて第一部完結。14巻から第二部がスタートし、2016年9月に15巻が発売された。
月刊LaLaにて現在(2016年9月)も連載中。
どっかで見た設定?
本作を読んだ読者は、「どっかで読んだ設定だなオイ」と思ったことだろう。『お金で雇われた臨時の偽装花嫁』というこの設定は、アニメ化もされた某有名中華風ファンタジー小説の初期の設定そのものである。
連載開始当初も、『パクリ』『盗作だ』とネットの掲示板に某小説の愛読者によると思われる書き込みが見られたが、そもそも『雇われて偽装結婚』設定は、ネット小説を中心に溢れているので、本作だけがやり玉に挙げられるのはおかしいだろう。
「中華風の異国が舞台」「陛下の幼少期が結構悲惨」という設定もかぶってしまったのが、攻撃の標的となってしまった所以であろうが、これらもありがちな設定であり、編集者がネームにOKを出したから雑誌掲載されたわけで、むしろ作者ではなく編集者のミスである。何より人気が出てしまった為に、両作品を比較対象する読者が増えてしまったのがパクリだ何だと言われてしまった最大の原因であろうから、売れるのも考えものである。
ところで、某有名小説は確かに名作であることには違いなかったのだが(愛読させていただきました。)恋愛ものとして読むには、正直物足りなさを感じずにはいられなかった。その点、この『狼陛下の花嫁』は、森羅万象なぎ倒して恋愛路線をぶっちぎるので、もはや初期の設定が似ていることなどどうでもよいだろう。むしろ初期設定が同じでありながら、ここまで違う作品になるというのも面白い。
不屈のど根性が取り柄~夕鈴の魅力~
主人公の夕鈴であるが、黎翔の側近・李順にして「不屈のど根性だけがとりえ」とされたが、基本的にまじめでしっかり者、そしてあきれるほどのお人よしである。
父と弟の3人家族だが、かんざしを値切りに値切って買ったことや、花を見て「これ食べれるんですよね」という発言から、かなりの節約生活を送っていたことがわかる。
それもこれも下級役人の父親が地味に借金を繰り返すのが原因のようだが、そもそも娘がよくわからない仕事に行ったっきり帰ってこないのに父親は平気なのだろうか。父親の描写があまりに少ない為、「実は大貴族」「実は隠密」「実は…」などなど様々な伏線を疑ってかかったが、几家のおばば様にやらかした一件から察するに、単純に無責任な親父のようである。
黎翔いわく「最初はただ一緒にいるのが楽しくて」との言葉通り、確かに夕鈴は面白い。一人で百面相をし、突進し、転がったと思えば爆発し、時にはウサギになり、掃除婦になる。裏表がない、というよりは、単純で素朴でどストレートなその性格は、ドロドロの権力争いの中で生きてきた黎翔の目にはさぞかし新鮮に映ったことだろう。確かに横っ飛びで去っていく少女漫画のヒロインは初めてかもしれない。
そして作中、恋敵をかばって池に落下したり、敵対する大臣の嫌味に毅然と言い返すなど、「外見は平凡だけど、性格は男前すぎる」という、読者から愛される王道キャラクターでもある。
最近では自分を狙った隠密や、その飼い主を保護し、献身的に介抱することにより手なづけるスキルを発動。そもそも「狼」を手なづけるくらいであるから、その「お人よし」は既に、才能として生かせるレベルまで到達しているようである。
ただし、恋愛スキルは下の下。何でも自分で何とかしようとするその男前な性格も災いして、外見等を褒められる経験も少なく、自分が「美人ではない」ことを必要以上に自覚している為に、甘やかされることと褒められることに滅法弱い。その為黎翔の「かわいいかわいい」ととにかく甘やかしてくる攻撃に防戦一方である。
二重人格でツンデレでヘタレ~黎翔の魅力~
孤独な幼少期を過ごし、殺伐とした中で生きてきた黎翔は、その好みもかわっている。夕鈴の少女漫画のヒロインとは思えない変顔や、「ぐはあっ」と赤面しながら吐血するなどの奇異な行動は、勿論最新刊でも健在しているのだが、それらに「どきゅーん♥」とくる黎翔に「え?そこ?」とつっこむ読者も少なくないはずだ。
彼の最大の魅力はお前二重人格だろと突っ込みたくなるほどの彼のオン(狼陛下時)とオフ(子犬陛下時)のギャップである。「狼陛下と子犬陛下どっちがお好み?」というあおりが、販促用帯についていたこともあるが、これについては、夕鈴曰く「ずるい」が、正しい見解であろう。冷酷非道な狼陛下が、自分にだけ優しく笑って甘い言葉を囁く、そして誰もいなくなると子犬のように甘えてくる。これだけ特別扱いされて恋に落ちないはずはない。彼のオンオフに振り回される夕鈴には同情を禁じ得ない。
このオンオフのギャップ萌えに加え、夕鈴以外の人間は全て寄せ付けないツンデレ要素。
これだけでも女性読者のハートを鷲づかみするには十分であるが、彼にはもう一つ忘れてはいけない魅力がある。
彼は若くして混乱した国を平定して即位するほどの有能な男である。しかし、こと夕鈴に至ると、突然無能と成り果てる。つまりヘタレである。このヘタレが国を滅ぼさないのは、ひとえに夕鈴が勤労を尊しとした、堅実を旨とする賢妻であるからだろう。夕鈴が一言「政務と私どっちが大事?」などとぬかそうものなら、間違いなく夕鈴を選んで愚王となり下がり、国を傾ける事は間違いない。白陽国民全員、夕鈴に伏して感謝すべきである。
過去にも夕鈴の「実家に帰りたい」発言に冷静さを欠くこと約2回。夕鈴の鼻を噛む事件では政情不安の中まさかの外出許可を出し、事故でキスをしてしまった時も夕鈴に謝罪を受け入れてもらえず、結局まさかの逆切れ。このような数々のヘタレ案件に加え、演技と偽らなければ夕鈴を甘やかせない、夕鈴に怖がられることを恐れて結局11巻まで「狼陛下も本性」と明かすことをズルズル引き延ばしたりと、ヘタレかお前案件は数限りない。
13巻では、夕鈴に告白する覚悟をするのに日数が必要で、その間鍵がかかってないにせよ夕鈴を牢獄に閉じ込めておくなど、もはや「ちゃんと玉砕する」と覚悟して、黎翔の為に暗躍する夕鈴の方がよっぽど男らしい。
これらのヘタレ案件に「もう陛下ったらヘタレなんだから!!」と、心ならずも胸キュンしてしまった読者も多かろう、そして同時に「このヘタレ、どうしてそこで攻めないんだよ」とイラついた読者もいただろう。
しかしこれらの全てが13巻の「ただ言わせて、君を愛してる」の神セリフに繋がる伏線と考えれば、作者のネーム力に、ただただ脱帽である。
ヘタレに胸キュン派もイライラ派も、全員があの神セリフに
「きたあああああああああ!!!!」
と拳を高く掲げたはずだ。
ちなみに13巻の感動の告白シーンを経て、黎翔は「あれでも今までブレーキかけてたんだ…」と読者を驚愕させるほどに夕鈴を全力で愛で始めた。
13巻までの第一部がおそらく「ウサギに嫌われるのが怖いヘタレ狼が、いつまでウサギに噛みつかずにいられるかの耐久戦漫画」だったのに対して、14巻以降の第2部は「開き直った色ボケ狼がお嫁さんになったウサギをあらゆる食べ方で食べつくす漫画」になった。
今後の懸念
第一部終了時におけるロイヤルカップル成立は、まさかの展開だった。
いや、くっつくことは大前提でわかりきっていたことだったのだが、「腹違いの弟」の登場、「夕鈴を王宮から出す」などのエピソードや、「陛下が何か考えている」という側近連のセリフから、ストーリー展開としては、『黎翔が弟に王位を譲って下町で暮らす夕鈴のもとへ行ってハッピーエンド』が有力かと思われた。
そもそも黎翔は当初から王位に未練はなかった。そして夕鈴が「妃」として王宮内の陰謀に巻き込まれることも、彼女を後宮に閉じ込めることも、黎翔の本意ではなかった。(夕鈴を牢獄に閉じ込めて安心してしまう一面があったとしても。)
ならば『君さえいれば王位も国もいらない』展開になるのが自然な流れである。
ところがこの流れは、かなりの土壇場で方向を変える。おそらく12巻前半あたりまでは黎翔退位を予想していた読者もいたはずだ。しかし12巻後半で事態は「あれ?これいけるんじゃない?」となり、13巻前半では「あ、きた。きたかも」そして運命の13巻後半で
「ロイヤルカップルきたあーーーーっっ!!!」
と、まさかの逆転ホームランである。本作の人気上昇により連載継続を企てた編集部のストーリーの方向修正という陰謀を疑わずにはいられないが、何にせよGOODJOB!編集部!
二次創作界隈で、報われないかと思われた黎翔×夕鈴国王夫妻設定を妄想をしていた皆さん、もう大丈夫ですよ。公式がやってくれるそうです。(公式認定として沸きかえっていることでしょうが…)
さて今後本作の終了時に考えられるオチとしては「夕鈴が正妃になってぶっちぎりの大団円」「夕鈴がお世継ぎを生んでぶっちぎりの大団円」など、基本的にハッピーエンドで終わることは間違いないだろう。
しかし懸念はある。
万が一、夕鈴以外の女性を正妃に迎えなければいけなくなった際、おそらく黎翔は迷わず退位するだろう。つまり当初予想されていた『君さえいれば王位も国もいらない』展開、退位オチであす。
ここまでロイヤルカップルで盛り上がっているのだから、まさかとは思うが考えられないことではない。黎翔は夕鈴を正妃にする気満々であるが、残念ながら夕鈴の身分は低い。そしてその男前の性格から、いくら黎翔のそばにいる為でも、今後どこかの大貴族の援助・後ろ盾を望むことは考えにくい。実際氾家からの援助を断った過去がある。黎翔の足手まといになるくらいなら、とか言って夕鈴自ら後宮を去るエピソードがありそうである。ああ、すげぇ出てきそうそのエピソード…。問題はこの様な類のエピソードの後、黎翔が国王として踏ん張るか、それともあっさり王位を投げ出すかである。
前述にもあるように、黎翔はあっさり投げ出す派であるので、そこは李順に代わりに踏ん張って頂くよりほかない。
日本ならともかく白陽国で生前退位などもってのほか。ここまで来たら、黎翔と夕鈴にはロイヤルバカップルとして呆れるほどの超大団円を迎えて欲しいものである。
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