仕事仲間の絆は強し - キンキーブーツの感想

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仕事仲間の絆は強し

3.53.5
映像
4.0
脚本
4.0
キャスト
3.5
音楽
3.5
演出
3.5

目次

予想はずれも○

もっと歌を!踊りを!と作れたんじゃないかと、そんな気がしましたが、そんな表舞台より裏部隊を描いた作品になっていました。この題材だといろんな風に描けそうなので、誰か別の人達が作ったら、違ったテイストの作品になったのかな、なんて思います。明るくて、強くて、セクシーな…。事実を映画化したそうなので、どこにテーマを置くかでまた違った印象の作品になったでしょうから。ミュージカル作品として、知られているようですので、舞台と映画を見比べるのも楽しそうです。できれば、別の監督作品で映画で見比べたいとは思うのですが…そんなこと考えてしまうのは今作が、ちょっと物足りなかったからなのかもしれません。多分、心の中で勝手に、華やかさを期待していたのでしょう。

本当にあった物語の再現

そんなミュージカルな想像を持たずに鑑賞すれば良いのであって、しみじみとくるようないいお話だったな、と思います。ヒューマンがメインな仕上がり、と言いますか、地味!だけどそれで良いのだと思います。そしてこれは、男の人のお話でした。自身のない男性たちのお話です。そもそも自信満々でいられる場所に立たせてもらえないのです。周囲にも認めてもらえずに、それでも自分なりに奮闘する男性たち。自信をつけることが困難なとき、それでも、自分の力で切り抜けることで周囲の目も変わってくる、そんな2人の男性の生きざまを追う物語展開になっています。もしこの二人が、自信を持っていたら断然面白い華やかな物語になっていたと思います。だって、この二人は恵まれているから。活躍できる場を与えられている、一人は工場の社長の地位を一人はショービジネスの世界での才能を。だから自信をもっていれば、自分の勢いに周囲を巻き込み飲み込み、派手に上り詰めるサクセスストーリーが作れたはずです。ですが、残念ながら自信のない二人です。従業員を守ろうと思って動いたり、相手の立場を思いやる際に自分の強さを控えたり、そういう風に行動が出来る人たちです。そんな彼らが得た成功は、「なんとかなった」と胸をなでおろすような成功です。よちよちと必死の努力で成し得た成功なのだと感じました。そういう、ほっとする温かい結末が何とも好感触なのです。

性別と性格

女性として生きたいけれど、女性として生きさせてもらえない。どうしてでしょう。それは、男性だからではないでしょうか。もし、有無を言わせないような女性性があれば、涙を流さなくて済んだんじゃないだろうか、見ていてそう思いました。単純に差別されていて切ない、可哀想、そういう気持ちにはなれなかったのです。私は、もっと女性らしくしたたかに生きてもいいのに、と思ってしまいました。もし心が女性なら、泣かないんじゃないだろうか。いや、幼いころから、しかも親からも風当り強く、傷ついてきたのだから、このように戸惑い躊躇するのだろうか。けれどこの、偏見に負けないように奮闘する姿は男性の頭で考えて浮かんだことのように思えるのでした。例えば、女性で生まれたのに容姿に恵まれなかった人は同じくらいのダメージを人生で受けているはずなのです。でも「自分は女性だ」と自分で認めているから女性として生きていられるのだと思います。何を言われても、怒っても叫んでも無視しても悲しくても、泣かないんじゃないかな。サイモンの涙は何だろうと、ずっとひっかかります。優しく賢い人が傷つけられたときの、純粋な涙のようでした。女の子の涙ではない気がする。心と体の性が同一している人は「自分は男性なのか女性なのか分からない」と自分では思わないのです。けれど作中のサイモンは悩むのです。そのとき、女性らしく考えて、女性らしく態度を示してもいいのに、結局は男らしく生きてしまっているように感じました。何にしても、肩身が狭い世界です、現在よりももっと偏見に満ちていたし、珍しかったし、目立ったのだと思います。でも、女性の私は、この女性を女性と見ることが出来なかった。男性が頑張っているように見えた。でもそれがどうしてなのかが分からなかった、「ああこの人は女性だな」ともっと感じたかったな、と思います。その点については、同じような立場の人がどう受け取るのか、男性が見たらどうなのか、私ではない女性が見たら…どう思うのかな、と気になるところです。ただ、サイモン、というキャラクターに特化して、人物として見て、その心の在り方にはとてもきれいなものを感じました。そして、これはむしろ、男らしさについて描いているようなそんな気がします。だから、靴屋の社長は「自分よりもずっと男らしい」と、サイモンにそう言うのです。人間としての優しさや強さ、魅力とは、性別よりも性格や生活にあるのではないかとそういうことに気づかせてくれるのがサイモンのキャラクターだったと言えそうです。

ローラとサイモン

では、ローラはどうでしょう。ローラは、サイモンが作り出した女性像だと思います。サイモンはローラに変身する。だからローラは、ローラの顔を持つ別の女性、とも言えます。例えば、芸能界で仕事をするアイドルの顔と普通の女の子の顔を持つ女性のように。素の女の子の部分がサイモンと同一なのかな、と思います。他の女性たちローレンもニコラも意志の強い女性です。それに比べるとローラは、ショーのスタートしては強い光を浴びていますが、実際ははかない、作られた女性でしかない。いつかローラがローラとしての日常を送れる日が来てくれないと、この物語は終わらない気がします。歌うローラではなくて、レストランにいても注目を浴びずに食事をするローラ。今、もう珍しくないオネエとか言う言葉も出てきて、性同一障害とか、どういう意味の障害なのかと考る人も出てきてますが、人類はまだまだ動物で、もっと心や思考が発達したり、生命に起きる事象との自然な向き合い方が浸透されれば、この映画は人の歴史の映画なんだと、今とは違った視点で見返される時が来るのだと思います。異様な・ねじれた、そんな意味のキンキーが何を指すのか、大きなセクシーブーツのことではなくなっていれば面白いですね。

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