これからに期待したい漫画
画力は要課題だが、伸びしろは充分
読者諸氏は、漫画を読むにあたり画力をどれだけ気にするだろうか。
読み方の問題と言われてしまえばそのとおりなのだが、筆者は極端に画力の低い漫画を読むのはちょっと苦痛であったりする。絵の好み云々の問題ではなく、例えばひどくデッサンが崩れていたり、どれも同じ多さのコマ割りだったりを見ると、ものすごく気になってしまい読み進めることが出来ないのだ。
冒頭からディスってしまって申し訳ないが、今回取り上げる『響』もまさに読むのが苦痛になってしまうほどのレベルの画力である。
この作品を読んだ多くの人は、作者の画力の未熟さにまず気を取られてしまうだろう。身体の描き方、表情が素人レベルで、一つの漫画作品として高い評価を得るのは難しいかもしれない。
しかしながら、『響』は昨今、一部の書店員などによってプッシュを受けている。では、この作品の一体何が一部の人の心を掴んだのか、考察していこうと思う。
文学の心象を映し出した作品は、漫画では珍しい
まず、『響』最大のテーマでありウリは、「文学」を取り扱っているということだ。
これは、漫画作品では結構珍しい。というのも、美術や音楽など芸術分野を、漫画で表現するのは非常に難しいからだと思われる。
例えばヒット作『のだめカンタービレ』などはクラシックをテーマにした作品だが、「いま、どれだけ素晴らしい音楽が登場人物たちに聴こえているか」は、完全にキャラクターの感想に任せるしかなく、読者のもとまで“音”が届いてくるような臨場感のある表現をするのは高度なテクニックを要する。
文学はその極めともいうべき、“読者に届かない芸術”であると筆者は考えている。芥川の作品を好む人もいれば、駄作だと切って捨てる人もいる。誰もが好きな名作というのは大変に難しく、それらを漫画のなかで取り上げるとなると尚更難しい。
『響』は、坂口安吾や太宰治などの名前を出しつつも、それらの作品について評価を語ることはなく、主人公である響の作品について語るに終始している。
なので、『響』を文学漫画だ!と称するのは非常に的外れである、ということを述べておきたい。
そしてここからがこの作品のキモなのだが、『響』は(文学)作家とは何かに主軸を置いている。
ここが、他の作品とは一線を画しているといえるだろう。たとえばドラマ化した『重版出来!』や『バクマン。』など、最近では「漫画家(あるいは編集者)」を取り上げた作品が多いが、小説家を取り上げた作品は意外と少ないのだ。
『響』では、小説家――特に文学作家――が、置かれた現状、特有の悩みなどが、色濃く描かれている。特に主人公である響はオーバーすぎるほど象徴的だ。
作家の才能がある響は無表情、無感動な変わり者の少女で、小説にしか興味がない。それだけではなく、著名な文学作家に、「書かないのであればなんで生きているのか」とまで平然と言い捨てる。
他の漫画の主人公がこんなことを言ったら、まず間違いなく読者から総スカンを食らうであろう。だが、『響』ではそれは必要悪なのだ。
ここに小説、文学というものの特異性が現れる。
小説は、作者が一人で物語の全てを作る。もちろんそれは映画や漫画も同じことではあるが、この二つと違い小説は視覚化された情報がない。「視覚化された情報」がないというのは実は人間にとっては大きな損失である(たとえば、目隠しをして料理を食べると、全く味がわからなくなるという例がある。人間は思っている以上に、目に依存しているのだ)。小説を読んだ人間は「一度目で読み」「脳が情報を読み解き」「心で感じる」という煩わしい行程をたどる必要がある。故に書き手は、ひどく繊細で、一方的な芸術世界を作り上げるものなのだ。
そこに作家というものの、孤独な姿が浮き彫りになる。
文学というのは作者の理想と自慰の世界であると筆者は思っている。『響』に登場する小説家たちは、どんなに成功している人でも、みな孤独と自己満足、承認欲求の世界のなかを苦しそうに生きている。それは一般の人には決して伝わらない、等身大の作家の姿だ。
『響』は、小説家という職業の本質を突いた作品なのである。
主人公の描き方に最大の難がある
上記のような理由から、昨今注目を受けていると思われる『響』であるが、人気作・評判作となるには課題が多い。
まず、一番問題なのが、やはり画力だ。
コマ割りや決めゴマは悪くないが、問題なのがキャラクターの表情。
特に主人公の表情の使い方は読者の強い反感を得るであろう。
例えば、例の「書かないのならなんで生きているのか」と響が暴言を放つシーン。ここで完全なる無表情ならまだ響の無神経さとアクの強さが浮き出ただけかもしれないが、汗を書き加えていかにも「理解が出来ない」風に描きあげてしまったのはおおいに問題といえよう。
『響』は取り上げているテーマもいいし漫画界での独自性を持っているのだが、画力の未熟さが足を引っ張ってしまっているのが残念でならない。
この“ちぐはぐ”具合こそが『響』をマイナー漫画に甘んじさせている原因の一つである。今後はどう進化していくか注目したい。
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