叶作品「KISS×DEATH」の魅力
宇宙人ものコメディ
ありがちと言えば、ありがちかもしれない。どこかで見たことのある設定と言われれば、否定はできない。しかし、テーマをどれだけ自己流にアレンジできるか、というところも、作者の力のみせどころだろう。その点で、この作品は非常にのびのびと、「叶恭弘らしさ」を出している。
叶恭弘作品との出会いは、「プリティフェイス」だった。空手の北海道大会優勝者である主人公の乱堂は、ある日交通事故に遭い、人相も分からぬ程の大やけどを負ってしまう。密かに持っていた好きな女の子の写真を見て本人だと勘違いした、天才だけれどどこか抜けた医師の手により、乱堂は彼女と同じ顔にされてしまい、おまけに家出した双子の姉と間違われ…という話だ。その後のドタバタは、根本には深刻さを帯びているはずであるのに、そんな事などみじんも感じさせないほどテンポ良く、主人公・乱堂は乱暴だけれど根っこは優しい、そんな彼の人柄にもどんどん惹かれていく不思議な作品だった。もう一昔前の作品だが、再度読み返してみても面白いし、今でも十分に楽しめる作品だ。
「KISS×DEATH」は、「宇宙人の囚人に寄生される」というプリティフェイスとは全く違う設定で興味を引かれた。いざ読んでみると、叶作品らしいテンポの良さは健在であり、登場人物のパンチ力も衰えを知らない。正直、私は宇宙人ものや寄生ものには興味がなかったのだが、この作品にはすっかりはまってしまった。興味がない分野でも読みたい、読んでみたいと思ったのは、一味違うコメディ作家・叶恭弘氏の作品だったからだが、その期待はまったく裏切られる事がなかった。
登場人物の魅力
作品の肝は、なんといっても登場人物だろう。どんなに凝った設定にしたところで、登場人物が味気なく奥深さのない人物では、せっかくの設定も霞んでしまう。「プリティフェイス」の乱堂はおバカなところもあるけれど正義感が人一倍強く、しっかり者の魅力的な人物だった。「KISS×DEATH」の主人公・戸津は、最初はただの頼りない少年だったが、もう一人の主人公・Zに体を貸し共に過ごすうちに、少しずつ成長している。それでもZがおらず一人の時は大丈夫だろうかとハラハラしたりもするのだが…しかしあのほのぼのさがなくなってしまっては、戸津の魅力はそがれてしまう。最初はただZに寄生され乗っ取られてしまっただけだったが、しかし事情を理解した上でZに協力しているのは、ただZのおかげで容姿がカッコよくなり身体能力が向上してラッキーだったから、なんて事ではもちろんない。以前は自分と同じように地味だった、けれども優しかった囚人たちに寄生されている5人の少女をどうにか助けてあげたいという、彼の優しさ、そして強さゆえだ。Zの良さを吸収し成長していく戸津を見守るのも、この作品の面白さの一つだろう。
そして囚人たちに寄生されている女子5人も、なかなかの曲者たち。まだまだ明かされていない部分が多く、今後どんな展開になっていくのか分からないが、だからこそ非常に楽しみだ。
男女問わず楽しめる作品
結構な頻度で露出度の高いシーンがあるが、色事のシーンではないし、下品でもない。この作品を、ただのお色気コメディだなんて思ってほしくない。宇宙人の囚人たちは地球人とは全く違う生態系であるし、露出しても恥ずかしいという概念すらない。人間、育った環境で考え方や捉え方は全く違ってくるものだが、その点についてもよく描けている(もっとも、彼らは宇宙人であり地球人ですらないのだが…)。
この作品の魅力の一つは、「先が読めない」という事。先が読めるのも、場合によっては面白い。わざと先を読ませて、その通りになっていく心地よさを楽しむ作品もあるだろう。だが、「KISS×DEATH」は今後どんな展開になっていくのかがまったく読めないから、ハラハラドキドキのスリルが楽しめる。果たしてZは無事に任務を終える事ができるのか。作品としてはそうでないと面白くないからもちろんそうだろう…という想定はできるが、囚人たちはそれぞれ特技を持っているし、戸津には女子が苦手という弱点もあるから、そうそう一筋縄にはいかない。
女子が苦手と言えば、「プリティフェイス」の乱堂もそうだった。彼の場合、戸津と違って普通に会話するのはOKだったが、恋愛に対する免疫が全くなかった。戸津はさらにその上をいく、「恐怖症」と呼べる程の苦手ぶりだ。ここまでの弱点は、人間、そうそう簡単に克服できるものではない。だからと言ってずっと恐怖したままでは、少女たちを助ける事ができない。少しずつ症状は良くなってきているものの、完全に克服するには時間がかかるだろう。しかし、きっと作品が終わる頃には、Zのカッコよさも併せ持った戸津へと変わっているはずだ。そして、囚人たちに寄生されている彼女たちもまた、魅力的な女性へと成長しているのだろう。
評価を全て5つ星にしたのは、不満に思う要素が何もなかったからだ。絵柄は今時の絵と言えばそうだがちゃんと個性があるし、「プリティフェイス」の時もそうだったが、アクションシーンもちゃんとスピーディーに描けている。内容の面白さは、前述した通り。近頃はだいぶ漫画離れが進んでしまった私であるが、それでも継続して読みたい作品である。
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