現代にも通じるカムイ伝の世界観
カムイ伝のヒーロー、カムイの活躍がクローズアップされている
カムイ伝の本編を読んだ人なら誰でも、一番気になるキャラクターは主役級の正助やカムイの姉ナナではなく、脇役の抜忍カムイだろう。彼の底知れない忍者としての技量をもっと見たいという願望を叶えてくれたのがカムイ外伝だ。カムイが江戸時代の身分制度に疑問を感じつつ、自由に生きるために「組織に属さない忍者」という道を選んだ経緯は、どこか現代でも組織になじめず起業する若者の心理に通じるところがあり、時代物であっても心情を理解しやすい。カムイファンである私としては、彼の忍者としての体術や、状況を適切に対応する先の読み方のうまさを堪能できるのもうれしい限りだ。
実写のようなスピード感がすばらしい
カムイは組織を抜けた忍者であるため当然追手に追われている身であり、追手との戦いが何度も繰り広げられるが、忍者同士のスピード感あふれるバトルが実写映画のようにすばらしい。巻を追うごとに手塚治虫風の丸いタッチから白戸三平独特の劇画調のタッチに作画が変化していくが、まだあどけなさがあった少年のカムイが青年になって成長していく様とタッチの変化が比例しており、技の切れが格段に良くなっていく様子が絶妙に描かれている。
忍者同士の戦闘で特に注目すべきは、カムイが1人で複数の忍者を相手にするシーンである。こういった本来絶望的なシチュエーションをカムイは何度も経験するが、彼にとって相手が単独か複数かはあまり問題ではないようで、躊躇がない連続技の繰り返しであっという間に追手を始末していく。作品の初期では、今の技はどうなっていたんだろうと思うようなシーンに、作者がもう一度技の説明のような再現をしてくれていたが、そういったサービスもカムイファンにはうれしい限りだ。
過去にカムイ伝は一度実写映画化されているが、不思議なことに技のスピード感は実写より漫画の方が上だと思ったのは私だけだろうか。これは映画の表現力が劣っていたわけではなく、忍者漫画では第一人者である白戸三平氏の画力がそれだけ優れているということに他ならない。実写映画ではカムイ外伝文庫版第二巻から始まる「スガルの島」が演じられていたが、カムイ外伝の中でもスガルの島は、特に戦闘の激しさでは印象に残るシリーズである。女性の抜忍スガルがカムイの必殺技である霞斬りを破るのも衝撃的であるが、その一連のカムイ対スガルの戦闘は、読んでいる側も呼吸をするのを忘れてしまうほどの激しさがあり、作者白戸三平氏もスガルという登場人物にはかなり思い入れがあったのではないかと思われる。実写委映画の舞台として選ばれたのも理解できる気がする。
カムイ外伝では忍者同士の技の繰り出しあいのほかに、道場で修行をした剣客とカムイの戦闘も時折描かれているが、そのような凄腕を次々に倒していくことでカムイの剣の腕がいかに優れているか、一瞬が命取りになる勝負の中で読者は圧倒させられる。
寡黙なカムイの心理描写に胸を打たれる
カムイは身を隠して追手から逃げているので、どういう立場に身を置くかにもよるが基本はあまりペラペラとしゃべるタイプではなく、寡黙で感情を表に出すことがあまりない。そういうクールさにも惹かれるが、白戸三平氏はあえて寡黙なカムイの胸の内に思っていることをモノローグや解説文で丁寧に解説している。そこがカムイ伝と外伝の決定的な違いともいえる。カムイ伝ではカムイの姉夫婦が物語の主軸であるので、カムイの行動の裏にある心理描写はほとんど描かれず、カムイは女嫌いでストイックな神出鬼没の抜忍、しかも出る回数が「カムイ」という名であるのに極端に少ないという完全に脇役なのだ。しかし、カムイ伝では、前述スガルの島ではスガルの娘サヤカに、一緒になれないとわかっていても彼女を女性として大事に思うカムイの心情が描かれていたり、追手に対してもただ敵対心を持つのではなく、優れた追手や追手の家族には同情を示すようなシーンもあり、カムイという人物の懐の深さにどんどん魅了されてしまう。カムイ伝では、カムイという人柄が徹底的に掘り下げられており、カムイ外伝を読んだ後にカムイ伝を読むと、カムイのそっけない態度にすら裏の心情が垣間見られるように思え、面白い相乗効果を出している。
カムイ外伝でも、カムイ伝同様個の力ではどうにもならない身分差別にどうあらがって生きているかという、カムイが「自分探し」をしていくのが物語の主軸である。カムイ外伝を読んでいて感心したのは、カムイが意外にも女性に敬意を持っており、作中にもカムイといい勝負をする実力を持った女性の忍者や剣客が登場することである。そういう出会いから、カムイがそれらの女性を蔑視することなく対等に相対することで、彼には身分差別のみならず不当な性差別の考えにも否定的なのではということに気づく。女性読者としてはカムイが現代の女性の社会進出を歓迎してくれている紳士のようにも感じ、ますます彼に魅了されてしまうのである。
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