キモさ、命、神 - ザ・ワールド・イズ・マインの感想

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ザ・ワールド・イズ・マイン

4.504.50
画力
5.00
ストーリー
3.00
キャラクター
5.00
設定
3.00
演出
5.00
感想数
1
読んだ人
3

キモさ、命、神

4.54.5
画力
5.0
ストーリー
3.0
キャラクター
5.0
設定
3.0
演出
5.0

目次

キモすぎる顔

この漫画の絵を見ていると、なんだか自分が恥ずかしくなってくる。自分の頭の中にあった人間の像というものがいかに宝塚じみていたか、いかにジャニーズじみていたか、いかにアイドルじみていたかにうんざりする。人の生き死に、その尊厳を語りたいのであれば、当たり前だが登場人物は普通であるほうがいい。一般人であるほうがいい。美男美女が死ぬから悲しいというのはいかにも、見ている側の視点だ。甘ちゃんの認識だ。死の悲しさは見ている側ではなく、実際に死ぬものにこそある。いかにも社会に影響のなさそうなおっさんが死ぬことが、美男美女が死ぬことよりも痛ましくないわけがない。鏡の中のコイツだって、死ぬのは悪いことなのだ。そんなことくらいみんなわかっている。わかっているのだが、描けない。どうしても、ちょっとイケメンにこだわってしまう。美少女を登場させたくなってしまう。それは甘えなのだろう。あるいは、商業的な打算か。本気の話を描きたいのであれば、人はブサイクである方が凄味は増すというものだ。しかるに、この漫画、そのあたりのこだわりが徹底している。あえて方言を多用することも、こだわりの一つだろう。美男美女でお茶を濁さず、徹頭徹尾、いそうな人間を描ききっている。その中に、イケメンや美女へのこだわりが毛ほどにも感じられない、壮絶な絵だ。とりわけ美女はひどい。男性が描くにしろ女性が描くにしろ、漫画の中の女性は大抵綺麗なものだが、この作品においては、まずまったく美女がいない。とことんまでに、リアルな顔にこだわって描かれているし、作中に出てくるアイドルの顔なんか醜悪と呼ぶにふさわしい。それがいい。命の尊厳という普遍的なテーマを描くのであれば、出てくる登場人物はできるだけ普通であるほうがよい。涙だけでなく、ヨダレに糞尿、垂れ流すのが人間だ。それでも命は尊いのだ。大層なテーマ語っておいて、登場人物美男美女揃いはおかしいだろと言われれば、おっしゃるとおりと俯かざるをえない人は多いのではないか。それがドラマにせよ、映画にせよ、なんであってもである。それくらい、誰でもわかる。顔がいいから死んで欲しくないっていうのはおかしい。だけど、ついつい綺麗にしてしまう。愛せる顔に偏ってしまう。それはあまり褒められたことではないのだと、思い知らせてくれる漫画だ。

キモすぎる性

キモいのは顔だけじゃない。この作品において、本当に気分が悪くなるのは男女にまつわるシーンだろう。まー汚い。本当にキモい。ブサイクとブサイクがネットリと絡み合い、醜悪な翁は排泄物を炙っている。マリアと幼なじみ、高校生同士のまさぐり合いなんて、思わず吐きそうになったものだ。あれ、シーンの分類では、昨今流行り(いや昔からか?)のちょいエロ漫画と同じなはずなのに……ま、正しいのはこちらである。ちょいエロラブコメの性なんて、当然だが全て嘘っぱちだ。この、「ザ・ワールド・イズ・マイン」の性を、性の本質とは言わないまでも、それが性の一要素を象っているのは間違いない。とはいえ、ここまで汚く描く姿勢には、若干ではあるが、根本的な性への否定的観念も見えたりする。そのへんは、作者のキリシタン的発想の産物と言ってもいいかもしれない。この作品には、ポツポツ宗教的要素が見え隠れする。トシがチャーチル系の幼稚園出身だったり、ヒグマドンが神の象徴として登場したり……そう、神。この物語、神についてやたらと意識が高いのも特徴の一つと言える。

締めくくりの言葉の意味

なぜ、神についてこんなにまで意識しているのかと言えば、当然作者の宗教生活が関わっているのだろうが、その手の感覚は、現代日本ではいまいち馴染みがない。日本は宗教行事には積極的なくせに、基本的にはあまりにも無宗教だ。宗教にとって、神とはなんぞというのはあまりにも重要な命題である。だからこそ、この作品の最後の1ページ、最後の1コマというのは、作品にとって、あるいは作者にとって重要な意義を持つ言葉なのだろう。「あなたは神だ」と、その言葉でこの物語は締めくくられる。読み流せば、なんとなく深そうな意味の、格好の良い決め台詞としか思えないかもしれない。人によっては、大した意味のない言葉だと認識するかもしれない。正直に言うと、この作品の裏側に宗教の存在を認めていない人にとっては、ただのダサいセリフにさえなってしまう、そんなレベルの言葉だと思う。この言葉は、宗教を知る人間が言ったからこそ、特別な意味を持っているのだ。作者はヒグマドンのことを、神の化身と語っている。そしてこの物語の締めの言葉は、上記のとおり……そう考えると、この言葉の深さも伝わって来るのではないか。この物語の結末は極めて破壊的だ。地球の全てが滅んで、殺人鬼の体から命が芽生える。凄まじい発想だと思う。命の倫理は、重要なくせして破られるときはあっさりだ。そこにいかにして、神の救いなど現れるのか?死んでいった命は、救われない命なのか?この物語は、そんな作者の、宗教を前提とした真摯な疑問が見え隠れしているのだと思う。だからこそ、最後の言葉が、「あなたは神だ」なのだ。神とは、何か。それを考えたことがある人にしか、真の意味は伝わらない。この言葉は、命の性質、倫理の特質から導き出された、宗教的な言葉である。命の尊厳は、いつだって重たいテーマだ。この作品は、そこに対して、明らかに宗教的なアプローチを試みている。そういうところがわからないと、この話の本当のテーマは見逃してしまうかもしれない。

駆け足な終盤

最後にやや蛇足だが、終盤のダイジェスト風味の展開に一言。あれはようするに、打ち切りが決まって駆け足になってしまったということだが、よくぞオチまでは行ってくれたと思う。筆者はこの漫画大好きだが、あんなもん連載できる方がおかしいってくらいに、絵が初見殺しだったのは間違いない。しかも、話の性質上、ぱっと途中から読んでも意味がわからない。おおよそ商業誌には向かない作品だったと言えるだろう。で、終盤の展開だが、不思議ともったいないとは思わなかったりする。なんたってこの漫画、正直な話読みにくいのだ。内容、テーマ、演出、全てが百点満点な代わりに、犠牲にしたものも多い。あの最終話周辺から想像される本来の展開は、どうにも冗長になっていた可能性が否めない。きっとあれでよかったのだと、そう思う。

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