「悪い人がいるわけではない」という認識、「許しあう」ことへの感謝
過ちを犯さない人はいない
この物語、少女誌掲載なので当然恋愛が基軸ではあるが、今読み返すととても深い人間ドラマだ。私は連載当時10代後半から20代前半だった。中盤までは少女誌にありがちな活発な少女と有名芸能人の恋愛が主流だ。しかしこの時点でも後半に描かれるテーマはしっかりと刻まれている。
どんな人も懸命に生きる中でわずかな過ち、わずかなミスを犯す。それは許されて消えていくときもあるけれど、些細な行き違いやそれぞれのこだわりなどから取り返しのつかないような溝を生んでいく。アニス、ジェイク、ロイ、それぞれの両親たち、主要キャラの全てが過去にいくつかの失敗を抱えている。前半は明るいラブコメ調でもあるが、実はこの時点ではどのキャラも「許された」、という実感は薄く、むしろ「過ちを犯した」という意識から人に優しくしたい、という方向で描かれている。アニスは弟と一見普通に接しながらも彼の障害の原因が自分にあると悔やんでいる。両親はそれぞれを攻めながらもおそらくより一層自分を責めている。この時点では深く語られていないがジェイクとロイもそれぞれに相手にわだかまりを持ちつつも、やはりそれ以上に自己の不完全さに悩んでいる。
生きている限り過ちは増える一方で、たとえ別の誰かに優しくしたとしてもその過ちが消せないとわかっているのに、少しでも優しくなりたい、強くなりたいと願う。
一方で「友達ってのは人間に対する最高の尊称だとおれはおもうぜ!」と語るアニス。彼女は許しを求める代わりに、認め合うこと、尊敬しあう事を人間関係の基本としている。
弱さを克服しようとする人の懸命さを見たとき、人は人を尊敬できる。「強い」というのは弱い自分を知っているということだ。表面が明るいだけにテーマを考えると本当に胸が痛くなる。
それでもなお人は過ちを犯し、すれ違いはおこり続ける
ジェイクが初めて愛すしたディーナの死をきっかけに一度は深いつながりを持った3人はバラバラになってしまう。双子の過去の話からディーナの死に至るまでは、ジェイクの目線が多いため、あれほど主役然としていたロイがあたかも罪人(つみびと)のように見えても来る。ディーナの死についてロイはある意味何も責任はない。それぞれがそれぞれを、そして自分を責めるシチュエーションを見事に作り上げた成田美奈子の力量にあっぱれを送るべきだろう。誰も悪くないし、過ちが自分も周りも苦しめることを十分に知っている彼らなのに、それはおこってしまう。この悲しみの描きっぷりが本当に徹底している。当時の単行本では数10ページ毎にあるコメント欄にあまりに話が暗くて書くのがきつい、と成田氏は何度も漏らしていた。そんなの見たら読者だってつらい、とわかっているはずだが、書かずに入られないほど作者自身もキャラクターとともに苦しみを味わっていたのだ。アニスと「出来上がる」までのあの楽しい雰囲気はどこに行ったんだ?と読むのをやめてしまった人が多数いるだろう。おそらく少年ジャンプなら絶対にこんな連載はできない。これに堪えて名作を生みだした白泉社にもあっぱれを送りたい。
過ちを繰り返し、人は許しあうことを学ぶ
ロイは悪夢にうなされ、ジェイクは捨て犬のように行き場を失い、アニスはロイのいないNYで悲しみに暮れる。繰り返すがジャンプ連載漫画なら1ページで終わらせるようなつらい展開が数回続く。そしてそれぞれに友人を通して自己を見つめなおしていくのだが、これがじっくりと書き込まれていて、実在の人間のように年単位の時間をかけて行われる。
ロイはハルに少しずつ自分をさらしていくことで、許せなかった母を許す心境に向かう。そしてとても大事なことだが、ジェイクの目線で描かれた少年時代にロイの目線を追加していくことで、読者がロイをゆっくりと理解していく。これも成田美奈子のテクニックだ。この過程を経て読者もロイを許す喜びを得る。
同時期にジェイクはレヴァインと出会うが、すでに十分に過去を語っている彼は、あらゆる人や出来事を受け入れることを学んでいく。レヴァインの友人たちやディーナに近しい人たちを受け入れ、新しく生まれた命を受け入れ、やがてはディーナの死も受け入れていく。アニスはルースとモリーの友情に支えられ、どんな苦しみも周囲の愛と自己の強さで和らげられることを知る。3人を支えるハル、レヴァイン、ルース、モリー、それぞれも当然悩みや苦しみを持っている。それらは苦しむロイ、ジェイク、アニスによって逆に和らげられもする。
「許す」という言葉はある意味思い上がりなのかもしれない。「過ちを犯さない人はいない」のと同じ意味で「すべてを超越した強い人もいない」のだ。それを知ったとき人は「許す」のではなく「許しあう」。それこそが「感謝」につながる。
1年ぶりにNYに帰ってきたロイがアニスに語る。人は許しを得るために教会に行くのではない、感謝しに行くのだ、と。この言葉がすべてを語っている。
そして苦しみぬいたからこそ万感の思いで迎えられるハッピーエンディングでキャラクターも、成田美奈子も、読者も、許しと感謝と自由を得る。
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