ヒエラルキーの悲しみ - 小人の饗宴の感想

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ヒエラルキーの悲しみ

3.53.5
映像
3.5
脚本
3.0
キャスト
4.5
音楽
3.5
演出
4.5

目次

小さき者たちの叫び

ドイツ映画史において、大きな運動の1つ

それが「ニュージャーマンシネマ」

この映画はその流れの中に身を潜むヘルツォークの作品だ。

敗戦後のドイツで育った映画人たちは、

1960年代以降、そのやり場のないをメランコリックな気持ちを作品の中で爆発させた。

『小人の饗宴』は、まさに敗戦後のドイツにおける弱者のやりきれなさを表現している。

施設に隔離されている彼等の溜まりに溜まった鬱蒼の枷が外れたかのように、

小人たちはバイクを走らせ、狂気じみた行動をする。

「自分たちに希望はない」

それぞれ異形な風貌の小人たちは、

自分たちの不遇を抜本的に改革する気力もなく、

そのための協力もしない。

協力することがあるとすれば、

それは彼等自身の憂さを晴らすためや、食べ物を得るためだけである。

格差社会に暮らす全ての人に見てもらいたい

そんな彼らの行動を約90分間見続けるのは、結構な忍耐力がいる。

ではこの映画を見る私たちはどうだろうか?

格差社会により埋もれ苦しむ人は日本にも多くいる。

私たちの周りにも、そして自分自身の中にも小人は存在してはいないだろうか?

動物など自分よりも下等だとみなしたものへの集団暴力を見過ごしてはいないだろうか?

小人たちが動物虐待をし、盲目の小人を蔑む場面では、そう思わざるを得ない。

あなたは醜悪な小人たちのように、1人の人間を徹底的に袋叩きにする一部の悪質ゴシップや、

クラスや職場内のいじめを見過ごしたり加担していませんか?

上流になりきれない下流のむなしさ

知らず知らずのうちに映画は世相を反映させる。

ニュージャーマンシネマは、敗戦後のドイツならではの独特な運動である。

国全体が持つ劣等感に、勝利という目標を見失った失望感、そして全てを失った悲しみ。

ニュージャーマンシネマの巨匠と呼ばれる監督の映画は、

根底にそうしたメランコリックがあり、そうしたムードへの反抗があり、拠り所のない悲しみがある。

「映画を自由に作ろう、自由に生きよう!」

こうした宣言により生まれた映画たちが伝えたものは、

「反抗をしても、社会の習慣や決まり、先入観はなかなか変えられない。でもこれからはどうするの?」

こうした社会的弱者の叫びなのではないかと思う。

『小人の饗宴』に関しては、

殺し合いをしてしまうほどの世界で上品に生きる人たちに対し、

「ヒエラルキー社会の中で生きるお前たちは、上の者も下の者も皆醜い。」

そんなヘルツォークの純粋な叫びが聞こえて来る。

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