思い通りにならないことはなんて楽しく面白いんだろう
思い通りにならない人生の素晴らしさを描く
2008年アメリカ映画。原作は同名の大ベストセラーエッセイで、実話がベースになっています。タイトルも、メインビジュアルも「犬のマーリー」が全面に出ているため、わんちゃんを巡る単純などたばた喜劇ものなんだろーなー、とたかをくくって見たのですが、良い意味で予想を裏切ってくれること請け合いのこの映画。見終わった後になんとも暖かな気持ちが胸に広がってゆきました。
これはまれにみるやんちゃで自由な犬、マーリーを家族にしてしまった、ある恵まれた美しい幸せなカップルが、年月を重ねて生きて行くということ、いかに人生が思い通りにならないか、そしてそれだからこそ人生が素晴らしいんだということを、見せてくれる映画です。
監督はデイヴィッド・フランケル。大作や重厚なテーマの映画を手がける監督ではありませんが、「プラダを着た悪魔」や「31年目の夫婦げんか」など、コミカルでありつつもしっかりと人間を描いた良品をコンスタントに製作している監督です。「マーリー」も同様。深刻めいたり、アート寄りであったりというような表現は皆無で、あくまでアメリカらしい、からっとした明るさをベースに作品は作られていますが、けして浅いわけではありません。むしろ主演のジェニファー・アニストン演じるジェニーや、オーウェン・ウィルソン演じるジョンと同年代、あるいはそれ以上の人生を重ねて来た、いわゆる平凡な普通の子育て人生を歩んで来た人々にとっては、あまりに身につまされるので時折苦笑まじりのため息がでてしまったり、思わず涙ぐんだりと、照れくさいほどに感情移入してしまうかもしれません。そんな「人生のリアルさ」がこの映画には含まれています。
さて、ゴキゲンにことは運ぶのだろうか?
この作品は、お話自体は至って平々凡々としており、ジョンとジェニーの美しい幸せなカップルが、結婚して夫婦生活を生きて行く日常が描かれています。そこに(ほとんどの平凡な人生を生きる人々がそうであるように)、気軽に子犬を飼い、やがてある流れに乗っかるように子供を得て、二人で力を合わせて温かい家庭を作って行くんだ、という物語。
どちらも多くの人々が当たり前のようににやっていること。でも、実は命を預かるということは「ものすごく」大ごとなんだということに、いざその状況に初めて直面したら誰もがびっくりするものだと思います。その驚きとおかしみを、共感をこめて監督はこの映画で描きたかったのだと思います。
ほとんどの幸せな若いカップルがそうであるように、結婚当初の二人は健康でまだまだ自信に満ちています。ジェニーを演じたジェニファー・アニストンも、勝ち気で、でも屈託のないヤンキー娘の魅力に溢れていて、ちょっとした仕草のひとつひとつに目を奪われるほどチャーミングでした。いかにもさっぱりとしていて、表裏のない潔い明るさは、今では失われつつある「アメリカらしさ」のひとつの幸せな定型のようなものにも思えます。
人生の予定調和が崩壊するのは「子供」の存在である
そんな彼らの予定調和の人生ががらがらと崩れて行くのは、犬、子供という新メンバーの登場によってです。それはまさしく不可避的にもたらされます。
一人目、二人目、そして三人目と子供が増えるに従って、ジェニーが(体型のことではなく)人として太く太ーくなってゆくあのかんじのリアルさには、おお、と小さくのけぞるリアリティがありました。自分のことを省みても、やはり子供って、持ってみないと、育ててみないとどうしたって分からないものだとは思うのですが、この作品はつまらない育児書よりはよっぽど真実味のあるテキストになりうるとさえ思います。具体的なスキルの問題ではなく、時系列のケーススタディとして、何より心構えの問題として。それでも(私がそうだったように)、あらかたのハッピーで自信に満ちた若いカップルの殆どが、「自分たちだけは上手くスマートにやれるはず」と思ってしまうもので、そこの見込み違いがこの映画をコメディ足らしめていると言えます。
やがて(ほとんど全ての人と同様に)、かつての若く自信に満ちたカップルは「計画外」の人生を生きています。面白く感じたのは、男女の人生に対するとらまえ方の違いです。ジョンは転職してもやっぱり仕事の愚痴。けれど仕事を諦め家庭に入り、3人の子供と向き合うと腹を決めた妻は「たしかに今の人生はかつての計画通りではない。でも計画してたよりずっといい」。
マーニーは人生を彼らとともに生き、だんだんと年老い弱り、そして死んでゆきます。二人だった家族は五人に増えた。人生はハプニングの連続で、迷惑をかけたりかけられたり。でも、思いがけない喜びもまた与えられる。「計画どおり」をデフォルトにしたら、きっと誰もが不幸せ。でも「計画」を手放せば、人生は喜びと驚きと感謝に満ちたものにもなりうる。さて、あなた自身はどうありたい?この映画にそう問われているような気持ちになりました。
不平不満を感じる事はもちろんありますが、でも私もこの予定外だらけ、流れ着いてここにいるみたいな心境な今を、やはりなんてラッキーで上出来だ、と思わずにいられない。「マーリー」は、そんな当たり前の日常を改めて愛おしく思う気持ちを思い出させてくれる、シンプルで愛らしい作品でした。
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