憎めない殺人鬼-フジコが人気な理由 - 殺人鬼フジコの衝動の感想

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殺人鬼フジコの衝動

4.674.67
文章力
4.67
ストーリー
4.67
キャラクター
4.83
設定
4.33
演出
4.67
感想数
3
読んだ人
4

憎めない殺人鬼-フジコが人気な理由

4.54.5
文章力
4.0
ストーリー
5.0
キャラクター
5.0
設定
4.0
演出
4.0

目次

イヤミスの女王、真梨幸子の出世作

この作品で真梨幸子を知った読者は少なくない―。逆に言えば、それまでの真梨作品はほとんど鳴かず飛ばずで、文庫化する方が珍しいともいえるような状況でした。彼女のデビュー作は『孤虫症』。メフィスト賞をひっさげてデビューをしたのですが、あまりに常識の枠から外れている作風に審査員も読者も顔をしかめながら読んだものです。あまりにあけっぴろげに性を描いた本作は、エロというよりグロ。まさにメフィスト賞が求めている「究極のエンターテインメント」「面白ければ何でもあり」にはまった作家でした。しかし、デビュー作は全く売れず、その後5作品出版するも文庫化に至らず。デビュー6作目の『殺人鬼フジコの衝動』が、全国の書店員の推しにより一気に彼女をイヤミスの女王へとのし上げたのでした。

書店員さんの応援

2010年、湊かなえの『告白』が文庫化し映画化も果たし、世の中は一大イヤミスブームが巻き起こりました。もともとは桐野夏生などの女流作家が女性の中の醜悪でドロドロとした本性をこれでもかと描き人気を博していましたが、『告白』以前は「イヤミス」という言葉まではありませんでした。この言葉は「読むとイヤな気分になるミステリー」という意味で、読了後の気分が落ち込むようなミステリーを指します。そして、真梨幸子はデビュー作以降ずっとこのスタイルでストーリーを組んでいました。その努力の結実が、本作なのです。販売時の帯には「人間の醜悪で欲深で身勝手で、もう色々な闇の部分をこれでもかーってくらい投げつけてくるので、正直、後味は悪い。なのに最後までグイグイ読ませてくれました」と書かれており、地方の書店のみならず渋谷のランドマークTSUTAYAでも大々的にプッシュされました。その結果、50万部を超える大ベストセラーになり、現在アジア各国でも販売されるほどになりました。作者自身、「フジコがこんなに大きくなって…」と感慨にふけるつぶやきをもらすこともあるほど。フジコを世界にまで連れ出したのは、書店員さんの力と言っても過言ではありません。

殺人鬼フジコの誕生

初めてフジコが衝動に任せて殺してしまったのは、小学校のクラスメイトのコサカさんでした。私は悪くないのに、みんな私のせいにするなんて理不尽だ。人の欠点ばかり観察するあんたが悪い。あんたさえいなければ。そんな身勝手な子供らしいストレートな思考での殺人でした。こんな簡単に人を殺すことができるのか。あまりに短絡的ながらも、誰もが一度は願ったことがあるはず。「あいつさえいなければ」「あいつなんて死んでしまえ」。これを実行した瞬間、殺人鬼フジコは誕生したのです。そこでシリアルキラー、もしくはサイコキラーとも言える彼女を形成した要素を分析してみました。

まずは、小学校の頃からうまく大人を欺けてしまったこと。カンニングで良い点を取り、中学校の卒業式で答辞を読み、読んでもいない小説の感想文で県のコンクール特別賞を取る…。彼女の人生はあまりにも彼女の思い通りにいきすぎたのです。それゆえ、裏切られることに慣れていない。自分の邪魔をするものが許せない。そのような思想が、彼女を簡単に殺人へと導いたのです。

次に、サイコキラーの特徴として顕著なのですが、家庭環境が悪かったこと。母親に虐待を受け、叔母の家で育ったフジコは、叔母夫婦に遠慮しながら生きていくことになりました。お小遣いに不自由するだけでなく、叔母から「あなたは母親に似ている」と言われ続け洗脳されてゆく-これがラストにもつながるように大きな要因であったことは間違いありません。

最後に、赤カナリアをバラバラに切断したこと。自分の罪を隠蔽するため、お道具箱のはさみでカナリアを切り刻むというのは正に常軌を逸しています。ある意味これが最大の要因だったのかもしれません。殺してしまっても、バラバラにすれば大丈夫。そんな経験則を与えてしまったのです。それにより、親友だった杏奈、自分の娘の美波など、なんでもゴミのごとく捨てるようになりました。「バラバラにしてミンチにして捨てるのが、一番いいの。絶対見つからない方法なの。死体が見つからなければ、事件そのものが発覚しない。バレなきゃ”悪いこと”じゃない」というのが彼女の絶対的真理になってしまった。それにより、数えきれないほどの人間を衝動のままに殺す殺人鬼が誕生したのです。

真の黒幕-衝撃のラスト

あとがきまでが物語という珍しい形で語られるラストでは、「世間に殺人鬼として怖れられたフジコ。が、その実はただの「人形」だったのだ」という推論が書かれています。もちろん、どんなに洗脳されようと殺人をしなければ問題ないのですが、長年叔母に「母親に似ている」と言われ続けたフジコは、まるでその呪いのように殺人をし続けてしまいます。しかし、正に石が転がるように、次々と邪魔なものをなぎ倒しながら生きたフジコの姿がなぜか憎み切れないのは、彼女もまた不運な生をまっとうしたせいかもしれません。常に満たされない。目に入るものなんでも欲しい。誰より美しくありたい。そんな欲望を制御する術を教わらなかったことが、彼女の最大の不運でした。

本作がここまで人気となったのは、ミステリーとして申し分のない「どんでん返し」があるというだけでなく、その魅力的なキャラクターについつい共感してしまう女性が多くいたからではないでしょうか。少なくとも私は、フジコほどではないにせよ、「あの人が持っているものが羨ましい」「なんで私だけこんな目に」と思うことは多々あるものですから。

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我々の一部であるフジコ

美への執着心まずこの作品で出てくるキーワードの一つとして、女の「美への執着心」が挙げられます。フジコの実の母である慶子、友達の杏奈、そしてなりより主人公であるフジコなど、登場する女性たちは皆、少なからず外見の良さを追求していました。慶子は一家が貧しい時でさえ膨大なお金をかけ外見を磨いています。杏奈は常に美しく、隙のない女性でした。そしてフジコも裕也との交際から、「美しさ」への執着と強い憧れを抱き始めます。読者である我々は、特に主人公であるフジコから、外見の強い劣等感を感じさせられます。外見の美しさこそが女性にとって全てだとフジコは考えていました。それはやはり、杏奈との出会いが大きかったのでしょう。その外見の美しさ、経済的余裕、そして何より、裕也すらも彼女に奪われたフジコ。自分が美しくないから裕也は杏奈を愛したのか、美しくないから自分はこんなに卑屈で惨めな性格で、貧しい生活をしているのか...この感想を読む

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