どことなく切ない映画 - 運動靴と赤い金魚の感想

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どことなく切ない映画

4.04.0
映像
3.0
脚本
3.0
キャスト
4.0
音楽
2.0
演出
3.5

目次

引き込ませる子供事情

この話は簡単に言ってしまえば、妹の靴を失くしてから新しい靴を手にするまでの兄妹が右往左往するといった、特にひねりのないお話である。先の展開にドキドキするといったことも、ラストのどんでん返しにしてやられたということもない映画であるが、どういうわけかとても引き込まれる。その要素は何だろうかと考えると、物語全体にわたって細々と積み重ねられた子供事情によるものだと思う。自分の子供時代を思い出し、共感したり、自分の子供のことを思い、そういった事情に振り回されてしまっていることをほほえましく、健気だと思ったりするのだ。例えばどういった部分かということを、順にたどってみよう。

まず、靴を失くしたことを両親に言わないでほしいとする兄の姿。なぜ、お母さんの手伝いをしなかったのかを父親にどなられても、その事実を隠し、怒られることを選ぶ。ここで言ってしまえば、物語は終わってしまう。この隠しから始まることになるが、バラスと言ってくる妹に鉛筆をあげるのはあまりに健気で泣けてくるし、そんなことで承諾する妹というのは、子供事情だからこそ成立するもので、何かこんな小さな取引が自分の子供時代にもあったことを思い出し、懐かしい気持ちになる。

さらに、スリッパは嫌だとする恥ずかしいという気持ちも子供ならではである。どう考えても、どちらかがスリッパで登校することにすれば、あれほどまで必死に走ったり、遅刻で怒られたりしないで済むはずであり、とても非効率なことを兄妹はやっている。しかし、そんな非効率なことよりも恥ずかしさが子供事情としては勝つのだ。特に妹が周りの女の子の靴を羨む描写はとても切実であった。年を取るにつれそんな恥ずかしさを持たなくなったが、この頃は確かに自分も異様に周りとの比較をよくしては、自分の身なりを恥ずかしがったり、他の子の持ち物を羨ましがったりしたものだと、しみじみ共感を覚えた。実によくできた描写であった。

また、親の状況を察して親を立てる姿も切実である。一見ただ怖いだけの父親かと思いきや、兄と二人で働きに出た際、意外にも頼りない父親の姿を目の当たりにする。それに対し、兄はそれを馬鹿にすることなく、健気に尽くす。一理に妹の靴をせがむ為もあるだろうが、子供は子供なりに親に対して配慮をするのである。その極め付けが、報酬を得てせっかく靴を買ってもらえるチャンスが事故でとん挫した後、特にせがまないところである。夜、両親の困窮相談をそっと聞いて、自分の力でなんとかしようと思い立つのも、子供の健気さである。

そして、なんとかしようと兄はマラソン大会に臨み、3位の運動靴を手に入れようと頑張る。結局のところ1位になってしまう。この時どう考えても1位を取ったことが名誉であるのだから、喜んでしまえばいいのに、兄は目当ての靴が手に入らないで、異様に落ち込んでしまう。これがもし大人であれば笑い話として済ませ、1位を喜んでしまうものだが、この頃の子供にとって他のいい品よりも、目当ての品が何よりも一番なのである。こういった部分はまさに子供事情そのものであり、うんうんと唸ざるおえないシーンであった。

こういった具合に子供事情の描写に引き込まれ、どこか切なく泣ける映画となったのである。

子役の可愛さ

ここまでの子供事情を描いていくにあたり、子役ありきの映画である本作は兄妹二人の子役の可愛さによって成功を収めた。この二人の見た目がべらぼうに可愛いと言いたいのではない。一つ一つの演技に嘘がなく、それゆえに物語が進むにつれ、兄も妹も愛らしく思えるようになっているのである。

兄役のミル=ファロク・ハシェミアンの忘れられない演技は涙である。下手にわめく泣き方をせず、ぐっと隠し事を忍んで丸い目いっぱいにボロボロと泣く姿は誰もが胸を痛めただろう。その姿に次いで、妹に貢物をしたり、マラソン大会に勝ってくることを約束したりする必死なお兄ちゃんの時に見せるあどけない笑い方には愛らしさを増幅する効果があった。

妹役のバハレ・セッデキの印象深いのは兄に対しては憎まれ口をたたく一方で、親の前や自分の靴を持っていた年下の女の子の前ではおしとやかに振る舞う姿である。兄とのやり取りでは、むっとするなど実に子供らしく可愛いのだが、学校での大人びた雰囲気は美人の要素もあり、それを頑張って作り出しているのかと思うとそういった可愛さも感じるのである。

実によくできた子役二人であり、それぞれの演技が光っていたのは勿論、二人の関係性も成り立っていたのがこの映画の良かったポイントである。

やりたいが詰まったラスト

多くを語らない、やりたいことをやり切ったと思われるラストがとても良かった。

まず、マラソン大会のシーンだが、たんたんと抜く抜かれるだけを描いたのが良かった。よくあるパターンだと、間に今までのシーンを回想するカットとかを挿入しがちだが、ただシンプルに走る姿を映すことで、余計なものに乱されることなく、走る兄を純粋に応援できるようになっていた。さらにここで面白いのが、1位を取ってはダメであり、3位キープを願って応援しないといけないということである。ここが、みそで、下手な逆転劇を見させられるのではない、ハラハラ感を楽しめた。

そして、3位を取れなかったあとに、父親が靴を自転車の荷台に乗せているカットだけをぽんと挟み、池で妹に失望され兄が落ち込むシーンに飛ばし、そのまま終わったのがおしゃれな終わり方であると思った。タイトルにもある通り、この金魚の絵が監督の撮りたかったものであり、ここまでの話はある意味ではそのためだけにあり、下手に父親が新しい靴を持ってきて喜ぶ二人のシーンで終わらせずに、金魚のシーンで終わったのは上等であったと思う。

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