夢見るように美しいサイレント映画
世の中の逆を行く
ずっと以前、俳優のマイケル・キートンがテレビのインタビューの中で「世の中が景気良く、浮かれ騒いでいる時には、警鐘を鳴らし抑制を促す。逆に世の中がすさみ荒れており、不安や悲しみに満ちている時には、希望や明るさ、美しさを見せ、人々を笑わせ、励まし、勇気づける。それが映像作品の存在意義であり、映画人の役割だと思う」と語っていたことが印象に残っています。本当にその通りで、世の中に迎合したり、できるだけショッキングで話題性があり、お金さえ儲かればいいやという映画が少なからず作られて行くなかで、ぐっと落ち着き、足元をふんばって「世の中の逆を行く」ことを真摯に考えて作られた映画の値打ちというのは本当に大きいものがあると思うのです。
この文章を書いている2016年、世界は残念ながらテロの恐怖にさらされ、日本でも急激に少子高齢化が進み、言論統制を含んだ顕著な右傾化があり、経済も芳しくなく、多くの人々は浮かぬ顔をしているように見えます。私の気のせいでしょうか?
最近もう、私は陰惨な映画を見る気力がありません。こんなにも美しいもの、シンプルなもの希望のあるものを求めて映画を見ているというのは、きっと今の現実が、その逆に近い状況だからなのじゃないかなと、思うのですが。
「アーティスト」ほど、あらゆる意味で「世の中の逆を行く」映画はないと思います。ショッキングな映像や音や、たがが外れたかのようなあらゆるあからさまな表現が跋扈する映画の現状にあって、モノクロで、サイレントで、裸もセックスも暴力もCGもない。物足りなく思うか、見始める前は少し懸念していましたが、とんでもない。100分という短い時間に思えない濃密な時間、のめりこみ、うっとりとし、はらはらとし、エンドロールに切り替わった瞬間には涙が噴き出ました。
全てが美しい調和
この作品は、1920〜30年代のハリウッドを舞台にしていますが、製作はフランス、監督のミシェル・アザナヴィシウスもフランス人です。2011年の作品。まあこう言っちゃなんですけど、アメリカで製作されたなら、(そもそも現実化難しかっただろうと思いますが)こんなに上品な、センスの良い映画にはなっていなかったろうなーと思います。
本当に撮影がきれいで、目に美しくないシーンがひとつもないです。主役のジョージ・バレンティンを演じるジャン・ドゥジャルダンが実にエレガントで、顔もハンサムすぎるし、身のこなしも素敵で、まさにサイレント時代のスターという風情を醸し出していて、彼なしではこの映画はありえないな、と思わされます。また、全編をほぼ切れ目無く流れる音楽がそれぞれのシーンにぴったりと自然に寄り添っていて、夢を見ているような気持ちにさせられる映画です。
サイレントなので、ところどころに中間字幕が入るのですが、翻訳的に全ての会話について中間字幕が入る訳ではなくって、ここぞというところだけ、すごく効果的に字幕が入るのです。その取捨選択もとてもセンスよく気が利いているし、何より想像力の入り込む余地というのがサイレント映画には随分あるのだなあと、その余白の心地よさも感じつつ見ました。
サイレント映画への愛情いっぱいのオマージュ
ストーリーも、サイレント時代の映画らしく、ひねくれたトリックや陰謀などとは無縁なシンプルで心愉しいものです。移り行く時代のせつなさと、純粋な愛と、心躍るようなエンターテインメントのきらきらとした美しさの表現は、味わい深く、心が洗われるようです。
また、サイレント映画に深い愛情を抱く監督だからこその、とても本来的な意味においての「映画らしい」表現の数々に目を奪われました。
スクリーンの後ろでベニレス・ベジョ演じるまだ駆け出しのペピーがステップを踏んでいる、その膝から下だけの足の動きに合わせてジョージがステップを踏む。スクリーンが上がって、大スターのジョージと顔を合わせてペピーがびっくり仰天するシーン。
ジョージの楽屋に入り込んだペピーが、トルソーに掛かったジョージの背広に片手を通し、ひとりで抱きしめられているかのように空想するシーン。
これからスターへの階段を上って行くペピーと、時代の波に取り残され下ってゆくジョージが、吹き抜けの階段の中央で言葉を交わし、それぞれ上と下へ別れてゆくシーン。
そして映画のクライマックス、拳銃自殺しようと思い詰めるジョージの元へ車を走らせるペピーが交互に映され、ジョージがピストルをまさに口にくわえた直後に「BANG!」の字幕、・・・そして歩道の木にぶつかって停まったへこんだペピーの車のカットが。
どれもシンプルで、でも監督が本当に昔の映画が大好きなんだろうなということがひしひしと伝わって来る愛情に溢れた表現に胸が熱くなります。
そして、最後のシーン。問答無用の魅力で魅せる圧巻のタップダンス。言葉はなく、景気のいい音楽とタップの音のみ。曲が終わると、ふたりの荒い息づかいだけが聞こえている。やがてカットの声がかかり、ジョージ・グッドマン演じる現金な映画会社の社長が、胸いっぱいという面持ちで「Perfect!」と叫びます。最後の最後にサイレントが打ち破られるのです。
そしてラスト、「Action!」のかけ声とカチンコの音と共にエンドロールに切り替わる。そこで観客もハッと夢から覚めるのです。そして、この豊かなひとときに埋没できたことを、心から感謝することになるのです。
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