圧倒的画力で魅せる凄惨なる処刑 - イノサンの感想

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イノサン

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画力
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ストーリー
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キャラクター
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設定
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演出
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感想数
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圧倒的画力で魅せる凄惨なる処刑

4.04.0
画力
5.0
ストーリー
3.5
キャラクター
3.5
設定
3.5
演出
4.0

目次

フランス革命の時代、実在した無垢なる処刑人の物語

18世紀のフランス革命において、王侯貴族が次々と処刑されていった。フランス国王ルイ16世、フランス王妃マリー=アントワネットもその中の一人である。

彼らの処刑には、断頭台(ギロチン)が使われたことはあまりにも有名であるが、断頭台はその恐ろしいイメージとは裏腹に、被告者に対する敬意と慈悲をもって、一瞬で苦痛を終わらせるための人道的な処刑法であることはあまり知られていない。

人類の歴史において、そもそも処刑とは見世物(ショー)の一つであった。『イノサン』の舞台であるフランス・ヨーロッパはもちろん、日本においても同じである。石抱き、車裂き、牛裂き…聞くも恐ろしい刑罰の歴史が人類史には残されている。

『イノサン』の主人公・シャルル=アンリ・サンソンは、実在した処刑人の名だ。国に命じられた処刑人の一族に生まれながら、死刑を無くすことに終生をかけた。前述の断頭台も、彼が開発に携わったとされている。

国から与えられた一族の誇り高き使命と、国民から忌み嫌われる宿命。両方に板挟みになりながら、激動のフランスを生きた処刑人の人生が『イノサン』には綴られている。

あまりにも美しい筆致

『イノサン』のストーリーについては、本考察で特段述べるべき点はない。史実に基づいた設定と事件、人物を取り扱っている以上、語るべきところはおのずと少なくなるというものだ(ただし、筆者は『ベルサイユのばら』を読了していることもあって、フランス革命前後に登場する人物や事件をあらかじめ知っており、『イノサン』もすらすらと読むことが出来ている。もし、読者がフランス革命当時にそれほど明るくない場合、用語や展開がわかりにくいということもあるかもしれない。この場合は、力不足で申し訳ないが、筆者にも想像を及ぼしづらいところではあるので、ご了承いただきたい)。

そういった史実に依らない部分で、『イノサン』のもっとも特筆すべき点は、その圧倒的な画力だ。

一読した読者なら、共感いただけるであろう。精緻な書き込み、美しいキャラクター。線は細く、しかし存在感があり、デッサンに全く狂いがない。あらゆる角度からあらゆる表情を描きこなし、美女も醜い男も、粗末な服も豪奢なドレスも、全て描きこなしている。その完成度の高さは、さながら絵画のようだ。

その画力がもっとも発揮されるのは、処刑のシーンであろう。

『イノサン』の見せ場ともいうべき処刑シーンは、本来恐ろしくあまりにも痛ましくて、まじまじとは見たくないはずのものなのに、その圧倒的画力によって引き付けられてしまう。

苦しみと痛みが罪人の表情から伝わる。悲痛な叫びが漫画のページを離れ、読者の耳朶に届く。伸びきった靭帯も、血も、見開かれた瞳孔も、見ているだけで嫌悪感を催すはずなのに、本を閉じることが出来なくなってしまうのだ。

嫌悪を超え、好奇心とも違う、何か違う世界を読者に見せつける。こんなことが出来る漫画家は、滅多にいるものではない。

もう一つ。『イノサン』処刑シーンで特筆すべき点は、死に向き合っているという点だ。

これはうまく表現するのが難しいがーーたとえば車裂きにされたダミアンは、作中随一ともいえる凄惨な死にざまを迎えたが、読んでいて不思議と、悲しみも嫌悪も呼び起こさない。シャルル=アンリの心象風景そのままに、天に召された。そう感じてしまうのだ。

哀れでも惨たらしいとも思わず、ダミアンの死を読者は”受け入れて”しまう。まるで神の啓示を受け取るように。

これは他の罪人でも同じことを感じる。物語が進み、いずれルイ16世やマリー・アントワネットが処されるときーーそれは物語のクライマックスであろうーー『イノサン』を読んだ読者の心には、どういった思いが宿るのだろうか。そのときを心待ちにしたい。

主役はシャルル=アンリかマリー=ジョセフか

『イノサン』の主人公はシャルル=アンリとされてきた。これは物語冒頭を読んでも明らかである。

しかしながら、物語が進むにつれ、もう一人の主人公と呼べる人物が脚光を浴びている。シャルル=アンリの腹違いの妹、マリー=ジョセフである。

女だてらに処刑人の道を選び、誇りと自由を胸に生きているマリー=ジョセフは、そのビジュアルと性格から人気の高いキャラクターだ。続編にあたる『イノサン Rouge』ではシャルル=アンリよりも出番が増え、主人公のような立ち位置になっている。

親となり、処刑人としての自覚を持ったシャルル=アンリよりも、女性という不自由な立場から脱却を狙いつづけるマリー=ジョセフのほうが、読者の共感と人気を得やすいという意図があるのかもしれない。実際、マリー=ジョセフは女性読者からの人気が高く、さながら『ベルサイユのばら』主人公オスカルのようである(ちなみに、マリー=ジョセフはアントワネットからも友人と呼ばれ、アンドレという従者がいる)。

この状況をして、主人公(シャルル=アンリ)が乗っ取られたという意見も見受けられるが、実在の人物を取り扱った作品上、主人公を固定すべきではないという見方もある。

実際、主人公がシャルル=アンリでもマリー=ジョセフでも、『イノサン』の面白さは変わらないだろう。この物語は、展開にまったく流されない。いつ読んでも名作となりうる資質をもった漫画だ。

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ベルサイユの処刑人たるには……

歴史で埋もれていた仕事中世ヨーロッパ・フランスの華やかな歴史を知っていても、この作品で取り上げられている「処刑人」という仕事について知っていた人は少ないのではないだろうか。処刑人という職業と一括りにいってしまうとその過酷な運命は、現代では想像しにくいかもしれない。当時、中世ヨーロッパのがちがちの階級社会では、農民が貴族になることが出来ないのと同じように産まれた血筋で階級がきまり、仕事も決まってしまうということを考えれば処刑人を職業とする一族に産まれてしまった者の過酷な運命に想像をはせることができるのではないだろうか。『イノサン』の主人公はその運命を一身に背負った立場にある。彼の名はシャルル・アンリ・サンソンであり、処刑人一家であるサンソン家の4代目当主と設定されている。奇しくもシャルルの産まれた時代は、ベルサイユ宮殿が一番栄華を誇った18世紀ヨーロッパ、ルイ15世から16世とマリーアントワネッ...この感想を読む

5.05.0
  • たつこたつこ
  • 349view
  • 3157文字
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